〜有紀寧のほのぼの新婚生活・番外編〜
旅立ちの日

   
「よし……まあ、こんなところだな……」

 必要な荷物は全部纏め終えた。
 もともと、持って行くべきものなんてほとんど無かったしな。
 旅行鞄に詰め込んだのは、生活に必要な衣服と僅かな資金。
 アルバイト代は新居として選んだアパートの敷金、礼金でほとんど消えてしまった。

「初任給が貰えるまで、そうとう節約しないとな……」

 今の俺には財産と呼べるものはほとんどなくて。
 だから不安が無いと言えば嘘になるけど、それと同じくらいに新生活へのいろんな期待もある。
 明日から、今までとは何もかも違う日々が始まるだろう。

 俺の部屋も、今までとは違う。
 窓も床も綺麗に掃除され、なにもかも片付いている。 
 今まであまり掃除もしなかったこの部屋を、昨日宮沢に見られてしまったのだ。
 宮沢はこの部屋を見るなり、一言呟いた。

「掃除です、朋也さん」
「…………まじ?」
「まじ、です」
「だって、明日ここを出て行くんだし」
「だから、掃除するんです」

 分かるような分からんような理屈だ。
 そんな宮沢に引きずられて、半日かけて部屋の掃除をするはめになった。
 それは思い出すのも辛い時間だった……



「では、朋也さんはそこの窓を拭いてくださいね? 私はこの戸棚を整理しますから」
「へーい」 
「あら? 朋也さん、この小さな箱は何でしょうか?」
「ちょ、宮沢、それはダメ!!」

 気付いた時には手遅れだった。

「えっと……『明るい家族計画』って書いてあります」
「そ、そいつはだな……一応いざという時のために用意しておいたというか……別に邪な思いがあったわけでは……」
「明るい家族ですか……なんだか素敵な言葉ですねっ」
「………………」
「私たちも、素敵な家族になれるといいですねっ」
「あ、ああ……そうだな……」
「で、この箱は何なのでしょうか?」
「…………」
 
 俺には何も答えることが出来なかった。
 宮沢は天使のような穢れ無き笑顔で微笑んでいる。
 この箱がなんなのか、まったく知らないようだ。
 ああ……そんな純粋な瞳で俺を見ないで……なんだか、自分がとても悪い人間のように思えてならない。
 
「す、すまない。宮沢……俺、そんなつもりじゃなかったんだよぉ……」
「はあ……なんだかよく分かりませんが、朋也さんが落ち込む必要はありません。さあ、元気をだしてくださいね」
「ありがとう、宮沢……」
「では、掃除を続けましょうか……あら、この本は何ですか??」
「そ、それもダメ!!」
「はい?」



                                                                  
 うう……あれは思い出すのも辛い時間だった。
 やっぱり、普段からちゃんと掃除はしておくものだな……
 そんな辛い試練を乗り越えて頑張ったおかげで、部屋は綺麗に片付いている。
 この部屋って、こんなに広かったんだな……
 立ち去る前にさっぱりした部屋を振り返るのは、悪い気分ではなかった。

「じゃあ、行くか」

 鞄を担ぎ直して、部屋を出る。
 短い廊下を通り過ぎた先に、いつも父親が昼すぎまで寝転がっている居間がある。
 そこで、今も眠っているであろう父親のことを思うと、さっきまで沸き踊っていた心が動きを止めてしまう。
 
「どうしようか……」

 昨日、父親には宮沢と一緒に伝えるべきことは既に伝えてある。
 でも、このまま出て行ってもいいのかな……
 なんとなく、その場所に立ち止まってしまう。
 ふと、引き戸になっているすりガラスの向こうに動く影があるのに気が付く。
 引き戸を開けると、やっぱり父親が起きていた。
  
「親父……起きてたのか?」
「ああ。なんとなく、ね……」
「…………」

 この時間に、この人が起きているなんて、珍しいことだな……と思った。
 でも、そんな認識が正しいかどうかも今の俺には分からない。
 今までこの人と顔を会わせることは極力避けてきた。
 だからこの時間に会ったことが無いというだけで、本当はいつもどうしていたのかなんて俺には分からない。
 そこまで俺とこの人との距離は離れてしまっていた。

「昨日も言ったけど……俺、今日ここを出て行くから」
「そうか……寂しくなるね……」
「………………」
「………………」

 何かを話すべきなんだろうけど、何を言っていいのか分からない。
 気軽に切り出せる共通の話題も、普通に交わす挨拶も、俺とこの人の間にはもう残っていない。
 長すぎた断絶の時間がそれを奪い去ってしまった。

「俺、結婚するよ」 
「…………」
「昨日、この家に挨拶に来てくれただろ? あの娘だよ」
「うん……憶えているよ」
「すごくいい娘だろ? でも、俺と結婚してくれるって言うんだ」
「……………」
「……何か、言ってくれないのか?」
「…………」

 話を聞いているのかいないのか。
 昨日も宮沢が頑張っていろいろ話しかけてくれたけど、やっぱりこの人はまともに返事をしてくれなかった。
 もしかしたら、宮沢だったら……と、俺も少し期待していたけど。
 俺と視線も合わせず、虚ろな目で宙を見上げるこの人は、今、心の中で何を思っているんだろう。
 あの日から、全てを忘れた振りをしているのか、本当におかしくなってしまったのか。
 折に触れて何度も考えてきたけれど、それは今でも答えが出ない。

「それじゃあ、もう行くから……」
「…………」
「……元気で……」

 俺はそう告げて、ガラス戸を閉めた。
 もう話す言葉も無い。
 これが精一杯だった。





 そして、俺は家を出て宮沢との待ち合わせ場所へ向かっていた。
 心の中に浮かぶのは、やはりさっきの父親との会話だった。

「やっぱ、こんなものなのかな……」

 呟く。

「今更、なのかな……」

 親父と俺の関係。
 子供の頃のように戻ることは、やっぱり不可能だとしか思えない。
 でも、最後にたった一言だけでもまともな言葉を交わすことぐらいは、出来なかったんだろうか。
 多分それだけでこんな気持ちも晴れて、明日から新しい人生に踏み出せるのにな……


「朋也さん」

 ふと、優しい声が耳に届いた。

「あれ? もうこっちに来てたのか。待ち合わせはお前の家の前だったろ?」 
「はい。ちょっと早起きしたので、朋也さんのお顔を見に来ましたっ」
「そっか」
 
 まだ眩しい朝の光の中で、宮沢が涼しげに微笑んでいる。
 その笑顔を見ると、さっきまでの淀んでいた気持ちが晴れていく。
 資料室でいつも俺を待っていてくれた宮沢。
 あの部屋に行くだけでなんだか穏やかな気持ちになれるんだ。
 宮沢の淹れてくれたコーヒーを飲むだけで。

「途中で入れ違いにならなくて良かったですっ」
「そうだな」
 
 落ち込んでいる場合じゃないよな。
 これからは、この人と一緒に生きていくんだ。






 どう見ても、俺がここに来ることが場違いのように思えてならない。
 その家は、俺のような矮小な男を容赦なく威圧するオーラを放っていた。
 俺……この家に招待されたんだよな??

「ぐは……お前、こんなでかい家に住んでたのか」
「そんなに大きいでしょうか? 普通だと思うんですが……」
「そりゃ、お前はここで毎日暮らしてきたわけだから普通に見えるだろうけどな……」
「でも、ほらっ。隣のあの家も同じくらいの大きさですよ?」
「この辺り一帯がでかい家ばっかりなんだよっ!!」

 いわゆる、『高級住宅地』という場所だろうか?
 なんか、俺が立ち入るだけでも場違いなような場所だぞ。
 
「私と朋也さんが暮らすアパートも、同じくらいの大きさですよ」
「俺達が住むのは一部屋だけだぞ……」

 宮沢の邸宅は、門構えからしてえらく見事な出来栄えだった。
 たしかに、邸宅としてはそう大きな家ではない。
 この地区ではもっと大きな家が沢山あったし、ここに来る途中でもいくつか見かけた。
 でも、宮沢の家はなんというか……上品だ。
 安易な成金趣味ではなくて、名家のような年月を積み重ねた趣を感じさせる。
 宮沢って、すごいお嬢様なんだな……

 少しだけ不安になってしまった。
 俺と宮沢が一緒に暮らすアパートは、この家とは比べものにならないほど手狭だ。
 こんな屋敷で暮らしていたお嬢様を、俺と一緒にちいさな生活に押し込めてしまうのは俺と結婚するためなんだよな。
 それでいいのかな、とかどうしても考えてしまう。
 そういう後ろ向きな考えはなるべく避けるようにしてきたけど……

「どうしました? 朋也さん」
「い、いや。なんでもないぞ……」
「では、そろそろ行きましょうか?」
「い、行くの?」
「はいっ」
  
 うう……仕方ない。
 指の震えを抑えて、接客用のインターホンに手を伸ばした。
 すると、突然その指を宮沢に止められた。 

「あの……朋也さん」
「な、なんだ?」
「もしかしたら……父はひどいことを言うかもしれませんけど……でも、悪気は無いんです。だから、気にしないでくださいね」
「……ああ」

 そう告げた宮沢の顔に陰りが見えた。
 何か、あるんだな。
 まあ、そういうこともあるんだろう。
 俺は余計なことは聞かなかった。
 さて、宮沢の親父さんに会ったら、まず何を話そうかな……




 でも、結論からいうと、何を話すべきか考える必要は無かった。
 親父さんとは話は出来なかった。
 会っても貰えなかった。




 ある種の重さを感じさせる空気の中で、俺と宮沢は邸宅の門の前に立ち尽くしていた。
 インターホンを押して俺が自分の名前を告げた瞬間、通話はぷっつりと切られてしまった。 
 それきり、何度ボタンを押しても反応は無かった。

「だめか……」

 もう一度、未練がましくボタンを押してみたが、やはり返事は無い。
 無視。無言。無反応。そういうことだ。
 まいったな…… 
 目前にそびえ立つ頑健な造りの門構えが、なおさら重々しく感じられる。
 それは来る者全てを拒む門に見えた。
 でももちろんそんなわけはない。拒まれているのは、俺と宮沢だけだ。
 いや……もしかしたら、俺だけかもしれない。

「ごめんなさい……」

 隣で静かに見守っていた宮沢から突然の謝罪。
 それは搾り出すような声だった。

「結婚のこと、母は納得してくれたんですが父はまだ……」
「そうか……」
 
 でも、当然のことかもしれないと思った。
 普通なら真っ先にご両親にご挨拶をするのが結婚の手順だが、なにしろ結婚を決めたのが一週間ほど前のことだ。
 新生活のための準備もいろいろあったし、挨拶は後回しにしてしまった。
 無理に時間を作ってでも、真っ先に宮沢のご両親に会いに来るべきだったな……
 たとえその結果が今日と同じだったとしても。


「でも、朋也さんは素敵な人ですから。朋也さんに会えば、父もきっと気に入ってくれると思ったんですが」
「あはは、お前、こんな時でもボケてくれるんだな」
「ボケてないです……朋也さん」
「…………」
「ボケてないですよ?」
「うん……」

 ありがとう……でも、そう言ってくれるのはお前だけなんだよ。宮沢。
 宮沢が俺を受け入れてくれるなら、それでもいいと思っていたけど。
 実際にこんな状況になってみると、無性に悲しい気持ちになってしまうのは何故なんだろう。
 二人で結婚を決めてから、今日までただ楽しい日々だけがあった。
 俺と宮沢は二人でいろんな話をした。
 結婚したら、どんな生活を送ろうか、とか、
 どんなことをして二人の休日を過ごすのか、とか。
 好きな食べ物の話なんかもしたな。
 俺と宮沢の両方が好きな食べ物がみつかったりすると、嬉しくて笑った。
 新しい生活への夢だけがいっぱいだった。
 でも、俺の親父も宮沢の親父さんも、そんな俺たちを認めてくれないどころかまともに話も聞いてくれないんだな……

「父も……本当は兄が死んで寂しいのかもしれません」

 ぽつり、と。
 言葉がそっとこぼれるように宮沢が呟いた。

「兄の葬儀があってから、父は少し変わったように思えるんです。私にも自分のことはあまり話さない父ですから、自信は無いんですけど……」

 宮沢のお兄さんか。
 確か、親父さんと折り合いが悪くて喧嘩ばかりしていたんだよな。

「今まで私の将来の人ついては、『信頼して任せる』って言ってくれていたんです。でも、最近急に私の結婚相手を探すようになって……」

 親父さんが選んだ結婚相手か……立派な人なんだろうな。

「父が言ってくれたんです……『世界中探してでも、お前が気に入る、最高の相手を絶対に見つけてやる。苦労なんてさせない、絶対幸せにしてやる』って……以前の父なら、絶対そんなことは言わなかったのに……」
「…………」 

 俺は、そんな風に態度を変えた親父さんの気持ちを想像してみる。
 二人の子供たちのうち、一人は死に別れて、せめてもう一人には側にいて欲しいと思っていたのに、駆け落ち同然で家を出て行ってしまうわけだ。
 俺のこと、憎いと思うのって、当たり前なのかもしれないな……
 

 それ以上、しばらく俺も宮沢も、お互いに交わす言葉が無かった。
 これからどうしようか……
 もう一度、そう自分に問いかけてみたが、正直親父さんが話しも聞いてくれないのでは打つ手が無いように思えた。

「もう……行きましょう……」

 また、ぽつりと宮沢が呟いた。

「宮沢?」
「今は仕方のないことです。父もいつかは分かってくれます」
「でもな、」
「ふたりのお家に行きましょう。わたし、早く新しいお部屋を掃除したいです」
「…………」
「頑張ってお部屋作りもしたいです……皆さんから頂いた家具を並べて、ふたりのお家を作りましょう。そして、そこで幸せに暮らしたいです……」
「…………」

 それはとても魅力的な提案に思えた。きっと楽しいだろうな。
 正直、その言葉に甘えたいと思った。
 どうしょうもないことには背を向けて、ふたりだけの幸せな時間を過ごしたい。
 それは今日までの日々と同じ、とても楽しい時間だろう。

 
 でも、その一方で現実を真面目に考える自分もいた。
 時間が経てば分かってくれる?
 本当にそうだろうか。
 俺と父親の時はどうだった? 時間が経てば、心は離れるばかりじゃないか。
 そのうち、何年もまともに話せなかったことが気まずくなって、かける言葉さえ失っていくんだ。
 俺との結婚のために、宮沢と親父さんの関係をそんな悲しいものにしていいはずがない。

「宮沢、やっぱりもう少し頑張ろう」
「でも……」
「ここで帰ってしまったら、後できっと後悔するよ。俺にはそれが分かるんだ」
「…………」
「宮沢の親父さんは、話せば分かってくれる人だよ。なんとか話しあってみよう」
「で、でも、どうしたらいいのか……」
「そうだな……」

 俺にも妙案があるわけではなかった。
 どうしたら、宮沢の親父さんに話を聞いて貰えるのだろう。
 頭の悪い俺には、まともな方法と言えるものは思いつかなかった。
 出来ると思えたことは一つだけ。
 俺は大きく息を吸い込んで、叫んだ。

「すいませーん!! 誰か居ませんかーー!!! 話を聞いてくださーい!!!」

 そしてしばらく耳をすませてみたが、やはり返事は無かった。
 まあ、そう簡単にはいかないよな。

「お願いします!! 話を聞いてください!! お願いしますーーー!!!」
 
 もう一度声を限りに叫んでみる。
 無視されているのか、そもそも広い庭の向こうに声が届いているのかも分からなかった。
 ちょうど近くを通りかかったおばさんが、困ったように顔を背けて通り過ぎていった。

「朋也さん……」
「すまん、宮沢。迷惑かもしれないけど、俺はどうしても宮沢の親父さんに一言挨拶しておきたいんだ」
「迷惑ではありませんけど、でも……」

 無理だと思います、と宮沢は告げた。
 そりゃ、無茶だとは思うけど。でも、他になにも方法は思いつかなかった。

「お願いします!! ほんの少しでいいんです!! 話を聞いて下さい!!」

 お願いします、と何度も叫んだ。けれど、やっぱり返答はない。
 大声を出し続けるって、結構疲れる……いい加減、喉が痛くなってきた。
 それに、こんなことを続けていると、親父さんじゃなくて他の奴が出て来そうだ。
 例えば警察とか……

「おい、お前何してるんだ?」
「す、すいませんっっ」

 慌てて振り向くが、それは警察ではなかった。
 
「って、あんたどうしてここにいるんだよ……」

 そこに立っていたのは、資料室に出入りしている宮沢の友達が数人。
 俺と同じ、この場所に来るには場違いな奴らだ。

「どうしてって……そりゃねぇだろうが。お前の引越しを手伝ってやろうかと思って、俺らアパートの前で待ってたんだぞ?」

 先頭に立っていた男が、憮然とした表情で俺の問いに答えた。
 見たところ、明らかに機嫌が悪い。
 いや、そんな怒られても……こっちだっていろいろ忙しいんだぞ。
 それに、俺はお前らが来るなんて聞いてなかったぞ。

「す、すまん……いろいろあって、すぐには行けなかった」
 
 それでも俺は素直に謝った。
 その気はなくてもせっかくの親切に水を挿してしまったわけだし。
 
「いや、まあ……事情が事情だからいいけどよ」
「え?」
「アレだろ? ゆきねぇのおやじさんに会えなかったんだろ? 悪いが、さっきから少し様子を見てたぜ」
「そうか」
「あんまり賢いやり方じゃないな。常識ってものを考えたらどうだ?」
「……うるせー」

 お前らに常識とか言われると傷つくぞ……
 でも、それだけ今の俺がヤバイ奴に見えるってことかもしれない。

「俺が言うのもなんだがなぁ。いっぺん引き下がったほうがいいんじゃねぇのか? 今は親父さんも頭に血が上ってるだろうしな」
「今、なにも伝えられずに帰ったら、俺に話し合う気持ちが無いって思われてしまうかもしれない。それだけはいけないと思う」
「……まあ、そうかもな」
「一言でいいんだ、何か伝えられるまで俺は諦めない」
「むう……」

 俺の言葉を聞いて、男は腕を組んで唸った。
 そして、後ろの仲間達と相談を始める。

「なあ、どうする?」
「どうするも何も……やるしかあるめえ」
「そうだなあ」 

 嫌な予感がするな……
 何を企んでるんだ? こいつら?

「おい、お前ら何を話してるんだ??」
「いや、別に大したことじゃないんだが……」
「つまり、お前に協力してやろうってことさ」

 男たちは何故か皆揃って顔に笑みを浮かべていた。
 それは不敵な笑みだった。
 やっぱり不安だ……






 青空広がる昼下がり。
 大邸宅の前に体格のいい男達が整然と並んでいた。
 しっかりと背中で両手を組み、胸を張って立ち並ぶ姿は訓練された応援団のような力強さが漂っている。 
 それがまた、頼もしいような不安なような。 

「いいか、てめえら。気合いれて叫ぶぞ!」
「おうよ!!」

 一歩前に踏み出し、先頭に立った男が皆に活を入れる
 いろんな意味で本格的すぎる。
 
「……ほどほどにしておいてくれよ」 

 不安ではあったが、それ以外俺の口から言えることは無かった。


「おおぉぉーーーっい!! 親父さんっ!! コイツの話、聞いてやってくれよぉぉお!!!」
「話を聞いてやれよぉーー!!! 頼むよぉぉ!!!」

 
 声を揃えての呼びかけが始まった。 
 男達の叫びは、体感で俺の二十倍ぐらいは力強い声だ。
 ただ大きいだけでなく、鋭く響く声だった。
 ……少々、響きすぎる気がしないでもないが。
 でも、これなら確実にこの家の人にも声が届くかも……

「岡崎朋也、岡崎朋也をよろしくお願いしまーーす!!」

 選挙運動かよ。

「人がこれだけ頼んでるのに、いつまで無視すんだよ、コノヤロウ〜〜!!」
「話ぐらい聞いてくれたっていいじゃねえかよ〜〜!!!」

 さっそく声の内容が悪質になってきた。
 もともと丁寧に頼みごとをするのには慣れていない奴ばかりだ。
 これをほっといていいのだろうか??
 宮沢の親父さんが出てくる前に、警察が出てきそうだ。
 というか、俺だったら怖くて出てゆけないぞ…… 

「すぐに結婚を認めてやれなんて言いませんっっ!! とりあえあず話だけでも聞いてやってください!!!」
「っていうか、こんな奴と娘さんが結婚だなんて納得できない気持ちは分かりますっっ!!」
「俺も同じ気持ちですが、とりあえず話だけでも聞いてやってくださーーーい!!!」

 それどころか、話の内容がおかしくなってきた。
 余計なこと言うなよ……

「っていうか、あんないい娘さんをこんな奴にくれてやることはありません!! ……それより、俺にください!!」
「あっ、馬鹿!! てめぇ、なに抜け駆けしてんだよ!!」
「ずるいぞ!! 俺だって本当は有紀寧ちゃんのことが……」
「ゆきねぇ〜〜、好きだぁ〜〜〜!!! どうせなら俺と結婚してくれ〜〜〜!!!」

 ………………
 …………おい。
 お前らは何を叫んでる。
 もはや、最初の目的なんか忘れてないか?

「ばかっ、何叫んでやがんだ! てめえ!!」
「抜け駆けは駄目だって、約束だろうが!!」
「でも、あんな男におれたちのゆきねちゃんが……」

 にわかに別の話題で騒ぎ出した男達を見て、宮沢がとてもおどろいたように呟いた

「えっと……みなさんが私のことを??」
「やっぱりお前、気が付いてなかったのか」
「あ、あの……朋也さん、私、どうしたら……?」

 そう呟いて、困ったような顔をして俺を見つめた。
 いや、見つめられてもな……

「そんなこと、俺に聞かないでくれ……」 

 参ってるのは俺のほうだぞ。
 これから一緒に生活を始める嫁さんに、大声で愛の告白なんかしないでくれ。
 そんな俺と宮沢の戸惑いを無視して、不良たちは話を進めていた。

「おい!! 気持ちはわかるが、その辺でやめとけや!! ゆきねぇが選んだことじゃねえか!!」
「……わかってるよ!! わかっててもなかなか納得出来ないだけっスよ!!」
「まあ、ゆきねぇの幸せが、一番大事だからな……」
「親父さんもわかってやれよぉ〜〜!! だってゆきねちゃんが選んだ男なんだぜーーー!!!!」
「ちょっと軟弱なのが心配だけど、俺たちが鍛えなおしてやるから大丈夫だって!!」
「任せておけ!! 徹底的に鍛えてやるからよーー!!!」

 ……マジか??

「だから、二人のこと幸せにしてやってください!!」
「結婚を認めてあげてください!!」
「お願いします!!!」
「お願いします!!!」
「お願いしますっ!!!」

 そして、皆揃って綺麗に頭を下げた。 
 俺も宮沢もしばらく、その光景をただ見つめていただけだった。

 と、宮沢がすっと進み出て、インターホンのボタンを押した。
 そして、マイクに向かって話し始めた。

「お父様……有紀寧です。お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした……でも、どうしても私の大切な人たちの思いを聞いてほしくて。そして、わたしからもお話ししたいことがあります」

 一息。

「お父様のお気持ちを裏切ってしまって、本当に申し訳ありません……でも、わたしはどうしても朋也さんのお側に居たいんです。離れたくないんです……」

 既に日は高く昇りつつあった。一日で一番暑い時間帯だ。
 強い陽射しが肌を焼き、汗が頬を伝うが、俺と男達は動くことなく宮沢の言葉に聞き入っていた。

「お兄さまにもう会えないと知ったとき、とても悲しかったです……話したかったことが、沢山ありました……でも、もうどんなに望んでも会うことは出来ません。それを知った時に思ったんです。本当に大切な人がいるなら、ずっと側に居なくてはいけないんだって。何があっても決して側を離れてはいけないんだって……」

 宮沢の言葉を。俺は汗を手に握り締めながら聞いていた。
 何故か自分の父親のことを思い出していた。  

「お父様がわたしの幸せを心配して下さっているのなら、そのお気持ちをきっと裏切ったりしません。朋也さんと一緒なら、絶対に幸せになれます。ときどき会えるだけでも、嬉しかった。これからずっと一緒に居られると思うと、それだけで本当に幸せな気持ちになれるんです。これからいろんなことが沢山あると思いますけど、朋也さんと一緒に頑張ってきます。いっぱい頑張って、大切な家庭を作って……いつかそれをお父様に見て欲しいと……そう思っています」

 そして門の向こうに向かって一礼する。 

「……これまで私を育ててくれて、ありがとうございます……私は、朋也さんについて行きます」

 話終えると、宮沢は俺たちの元へと帰って来た。

「さあ。もう行きましょう。朋也さん」
「ああ、行こう」

 もう心残りは無かった。
 今朝から続いてたいろんな気持ちのもやもやがいっぺんに晴れた気がする。

「宮沢、お前にはいろいろ苦労かけると思う。でも絶対幸せにするよ」
「はい……お願いします。朋也さん」

「みんな……ありがとう。こんなことしか言えないけど、本当にありがとう」

 俺は今日来てくれたみんなに頭を下げた。
 今、いろんなことに感謝したい気持ちだった。
 
「本当にありがとう……」
「まあ……そうあらたまって言われると、照れるけどよ……」
「気にするなって。これもご祝儀だと思えよ」
「ああ。俺たち金無いしな」
「さあさあ。さっさと引越しを終わらせちまおうぜ」
「ああ……頼むよ」
 
 そうして俺たちはその場所を後にした。新しい生活を始める為に。




 それから二週間ほど経ったある日のこと。
 宮沢の親父さんから俺宛てに短い手紙が届いた。
  
 ―――娘をよろしくお願いします―――

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