はじけるこころ   
〜第四章〜

「朋也さん。今日の晩ご飯はカレーか天ぷら、どっちがいいですか?」
「あ……えっと、カレーかな」
「はい、わかりました。ではジャガイモとニンジンも買いますね」
「あ、ああ……」

 そう言って、有紀寧は腕に下げていた買い物かごにまた野菜を入れた。
 スーパーの大きめの買い物かごもそろそろいっぱいになりそうだ。
 だが二人だけのつつましい生活であっても、これぐらいの量は一週間で食べ尽くしてしまう。
 だから、休みのたびにこうして有紀寧と連れ立ってまとめ買いをすることが多い。
 それにしても……

「あ、朋也さん。何処へ行くんですか?」
「い、いや……なんでもないが……」
「こう人が多いとはぐれてしまいますから、離れずに側にいてくださいね?」
「……へ〜い……」

 うう……こういうのには今でも慣れないんだよ。
 女性と二人で生活用品を買いあさる。
 やっぱ、そんな俺たちは人から見ても恋人か夫婦にしか見えないんだろうな……
 まあ、夫婦なんだけどさ。
 このお店を歩くみんなにそう見られているかと思うと、どうにも落ち着かない。
 まあそうこうしている内に、予定外の出会いが起きた。

「あの……あちらにいらっしゃるのは、春原さんではありませんか?」
「あ、そうみたいだな……」

 有紀寧の声に振り向くと、そこには未だに見慣れない黒い髪の春原が食品コーナーを漁っている姿があった。
 やっぱあいつは金髪じゃないと、近くにいてもまったく見つけられないな……

 ――――春原は地元の職探しに失敗して、この街に何とか居場所を見つけた。
 家賃を溜め込んだりと苦労しながらも、ぎりぎりのところで生活しているらしい――――
 まあ、どうでもいいことだが。
 
「春原さん、お久しぶりです」
 
 そんな奴ほっとけばいいのに、有紀寧がご丁寧にも挨拶してしまう。
 
「うわっ! 有紀寧ちゃんじゃない! 元気だった?」
「はい、おかげさまで。春原さんも、お元気そうですね」
「はいっ!! 僕はすっごく元気ですよ!!」

 なんで有紀寧には敬語なんだよ。

「あら……? 春原さん、それ全部春原さんのお買い物ですか?」
「ああ、今日は大安売りしてたんだよ」

 そう答えた春原の買い物かごの中は、カップラーメンで一杯だった。
 これが春原の主食なのだろう。
 
「実はこのラーメン、いつもなら一つ98円なんだけど、今日だけは二つでなんと138円なんだよ」

 春原はとても嬉しそうに笑っていた。
 笑顔が眩しく輝いていた。

「しかも、このキムチ味ってさ、僕は大好きなんだけどあんまり売ってないんだよね。
でも今日はこんなに一杯買えてさ……すげえラッキーだったよ」

 ああ……これが春原には精一杯の幸せなんだな……
 春原が幸せそうにすればするほど、妙に切ない気持ちになってしまうのは何故だろう。
 なんだか……涙が出てしまいそうだ……いや、泣いたりしたらいけないんだよな……

「そういえば、朋也はこのカレースープ味が好きだったよな? 有紀寧ちゃんも、よかったら買っていきなよ」
「春原……悪いが、俺はもうそういった物は食べないんだ……」
「えっ……? あ、そうか。有紀寧ちゃん、料理も上手だったもんね」
「ああ。だから俺はもう、お前とは違う世界の住人なんだ」
「そ、そんなおおげさな……」
「だが春原、たかが食生活だ。たとえ毎日そんなものしか食べられなくても、落ち込む必要なんか無いぞ」
「そんな風に同情されるまでは、気にしてなかったよ!!!」

 春原は、『僕のささやかな幸せを……』などとぶつぶつ言っていたが、気を取り直して有紀寧に問い掛けた。

「で、どうなの? 有紀寧ちゃん。岡崎との新婚生活は」
「はい。とっても幸せですよ」
「本当? 朋也に意地悪されてない?」
「失礼なこと言うな、春原。俺はお前と違うんだからな」
「何言うんだよ。もし僕にお嫁さんが出来たら毎日大切に可愛がるさ。そう、毎日……えへっ、えへへ……」

 そう言って、怪しい微笑みを浮かべる春原だった。
 だいじょうぶかね、こいつは。 

「朋也さんは、私にとても優しくしてくださいます」

 そんな不審人物に対して、またしても真面目に答える有紀寧。

「そうなの? 朋也が?」
「ええ。昨晩だって私のわがままを聞いて下さいましたし」
「どんなわがまま?」
「ええ……説明するのも恥かしいんですけど……その……とっても気持ちのいいことです」
「ふーん……って、ええっ!?」 

 おいおい。いきなり何を言い出すんだよ。

「こら、有紀寧。こんな所で恥かしい話を始めるんじゃない」
「すみません、つい……」

 ちょっと気になって、二人の会話に割って入った。
 まったく、こんな所で話すことじゃないだろう。

「すみません、朋也さんが嫌がるので、その話は……」
「い、いや! 今後の勉強の為にもっと詳しく聞かせて下さい! お願いしますっ!」

 春原は、何故か必死で土下座しつつ、有紀寧に話の続きをせがんだ。
 そんな話、聞いてなんの役に立つのだろうか?

「ええっと……どうしましょうか? 朋也さん」
「まあ、そこまで言うのなら話してやれば?」
「あ、ありがとう岡崎! お前心が広いなぁっ!」
「ええい! 足にすがりつくな!」
「で? それで、昨晩はどんなことを?」
「はい……昨日の夜、お風呂の後で朋也さんに甘えさせて頂きました……」

 有紀寧は頬を染めて、はにかんだ。
 恥かしがるくらいなら、言わなければいいのにな。
 相変わらず人の頼みを断れない奴だ。

「恥かしいことなんですけど……朋也さんにしてもらうのはとても気持ちよくて……
私、つい毎晩お願いしてしまうんです……」
「ゆ、有紀寧ちゃん積極的っ!?」
 
 有紀寧の言葉に、身をくねらせて叫びを上げる春原。
 ……こいつ、前から変な奴だと思ってたけど、ここまでおかしかったかな?
 ちょっと遭わない内に、故障したのか?
 俺はそんな春原の様子を観察していたが、ふと気が付くと何故か周りに人が集まって聞き耳を立てているような。
 なんだか夫婦の秘密を覗かれているみたいで、こんな話を聞かれるのは少し恥かしい。

「そ、それでそれでっ?! 有紀寧ちゃん、続きを!!」
「あの……今日は朋也さんのお仕事がお休みだったので、私がお願いして朝からして頂きました……」
「あ、朝からっ!?」

 周りからも『おおっ?!』とか声があがる。
 
「とても気持ちよくて……つい一日中甘えてしまって。おかげで朋也さん、しばらく立てなくなってしまって……」
「い、一日中!?」
「た、立てなくなるまでっ!!??」

 周囲がさらにざわついた。

「お、岡崎! お前すごいよ! 男だよ!」
「何言ってんだ、お前は……」
「こんなにいつもお願いして、申し訳ないんですけど……でも私は大好きなんです。朋也さんの……」
「と、朋也さんの……?」

 皆が『ごくっ』と生唾を飲み込んだ。

「朋也さんの……ひざまくらが」

 ずざざぁーっ!
 春原と、聞き耳を立てていた連中が、一斉に床に滑り込んだ。

「なんだ……? このスーパーの客の間では滑り込みが流行っているのか?」
「みなさん、お元気ですねえ……」

 床に滑り込んだ連中は、口々に『だまされた……』『こんなのサギだ……』とか、ぶつぶつ呟いていた。
 中には、涙を流している奴さえいた。
 なんなんだ? こいつらは。

「あの……朋也さん?」

 ふと、有紀寧が俺の手を取って、なにやらすがるような目で俺を見上げていた。

「どうした? 有紀寧」
「お恥ずかしいですが……皆さんにお話していたら、何だかまたして欲しくなってきました……」
「……お前はそんなにひざまくらが好きなのか? 子供じゃあるまいし」
「はい、とっても大好きです。わたし……ほんとはすごく甘えん坊なんです」
「そうだったな」

 まったく、変な奴だな。
 とはいえ、有紀寧のわがままといえばこれだけだ。
 他に自分から何かを望んだことなどほとんどないし。
 だから、俺としても叶えてあげたくなってしまう。

「じゃあ、そろそろ家に帰って有紀寧の望みを叶えてやるか」
「ありがとうございます、朋也さん。あ、それでは春原さん、失礼します」
 
 なぜか唖然としている連中を尻目に、俺と有紀寧は自宅へと帰るのだった。




 もちろんやったよ? ひざまくら。
 ああ……足が痺れた。


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   以上が『有紀寧のほのぼの新婚生活 第四章』です。新婚生活はまだ続きます。
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