はじけるこころ
第一章 

 宮沢との婚姻に関してはさまざまな障害があった
 しかし、それはまた別の話とさせて欲しい。
 すまないとは思うが、正直俺は今それどころではないのだ。
 俺と宮沢は、新居として見つけた安アパートで、初めて二人だけの夜を迎えていた。

「朋也さん、じろじろ見てたら恥かしいですよ」
「す、すまん」
 
 風呂からあがったばかりの宮沢は、濡れた髪を丁寧に纏めていた。
 そんな宮沢の姿が新鮮だったので、じっと見ていたら叱られてしまった。
 ああ……夫婦になると、こんな姿も見られるんだよな。

「はい、これでいいです。お待たせしました、朋也さん」
「い、いや……待ってはいないが……」
 
 俺の対面に座り込んだ宮沢は、清楚な青いパジャマに身を包んでいる。
 ああ……パジャマって、露出は全然ないのにどうしてこうドキドキさせられるのだろう。
 もちろんこんな姿も初めて見る宮沢の姿で……

「と、朋也さん。あ、あの……そんなに見られていると、恥かしいです……」
「た、たびたびすまん……」

 どうにも目のやり場に困ってしまう。
 今からこうでは、先が思いやられるぞ……  

「朋也さん、さきほどからなにやら落ち着きがないようですが……なにか悩みがおありでしょうか」
「そうだな……」

 恋人関係をすっ飛ばして、こんな関係になってしまった俺と有紀寧だ。
 この初めての夜を、いかにして乗り切ったらいいのだろう。

「夫婦って、初めての夜をどう過ごしたらいいと思う? 知っていたら教えてくれ……」
「なるほど。難しい問題ですね……」

 宮沢は、瞳を閉じて、じっと考え込んだ。

「まずは、お互いにきちんと挨拶をするというのはいかがでしょうか。わたしたちにとって、大切な始まりですから」
「なるほど、それは大事なことだな」

 少し俺の目的とずれている気がしないでもないが。
 きっとそれも大切なことだろう。

「それでは、改めまして……朋也さん、今夜からよろしくお願い致します……」 

 挨拶とともに、宮沢は膝をついてゆっくりと時間をかけてお辞儀をした。
 いつもと違うその丁寧なお辞儀は、何かの礼儀作法としての訓練を受けたものらしく、ぴしりと華麗に決まっていた。

「あ、いえ……こちらこそ……」

 そこまでされると、こっちのほうがかしこまってしまう。
 見たことないので分からないが、これが『三つ指ついて……』というやつだろうか?
 それで『お願いします』とか言われたら……
 あ、あかん……なんだかクラクラしてきた……

 しかもすぐ横に敷いてある布団は、二つの枕に、一つの布団で構成されている。
 ベットだったら、ダブルベットと呼ぶものだが、布団の場合はなんと呼ぶのだろう?
 ともかくだ。
 たとえ、このまま何もしないで寝てしまうという選択を取るとしても(あくまで最後の手段であって欲しいが)この布団で宮沢と一緒に寝るしかないわけだ。
 こいつに二人で入ると……どうなってしまうんだ?
 いや、この布団は別に俺が狙ったわけじゃない。本当に。 


 それは、宮沢と一緒に新生活の為の生活用品を揃えていた時のことだ。
 正直に言って金の無い俺と宮沢は、いろいろな人たちから家具や生活道具を譲って貰うために、方々の知人の家を廻った。
 何かを頂いたお宅には、本当に心ばかりのお礼もして。
 そんな形で頂いた品々が、この小さなアパートの一室に集められている。
 少し古いものも多いけど、俺たち二人で作った大切な『我が家』だ。
 ところで貰いものだと安く済むけど、少しだけ融通が利かない所もある。
 俺たちが手に入れた布団もそうだった。
 一人で使うには少し大きいけど、二人で……その、二人で使うにはぴったりと寄り添わなければならないだろう。


「なあ、布団……一応二組あったほうがいいかな?」
「いいえ。一組でいいと思いますっ」

 何故きっぱりと言い切る?

「そ、そうかな……」
「ええ、これからは二人だけですから。無為な物は要りません」

 宮沢はあの時そんなことを言ったのだ。
 それはお金がもったいないという意味だろうか?
 それとも、もっと積極的な意味に捉えていいんだろうか?

「な、なあ、宮沢……」
「わたしはもう岡崎ですよ、朋也さん」
「そ、そうだな……」

 役所に婚姻届を提出したのはつい先日のことだ。
 もう、彼女の苗字は社会的にも『宮沢』では無い。

「ですから、今夜からは”有紀寧”と呼んでくださいね」
「ゆ、ゆ……きね……?」
「はい……?」
「……有紀寧っ!」
「はいっ!」

 ああ……夫婦だよ? 名前で呼んでるよ……

「もう、夫婦だよな? 俺たちは」
「はいっ。その通りですよ」

 宮沢の……いや、有紀寧の声が頼もしい。
 もはや、俺は臆している場合ではない!!
 夫婦なんだぞ!!
 い、いっしょに寝るのが怖くて、夫婦なんてやってられるか!!

「ゆ、有紀寧……」
「はい、朋也さん?」 

 俺は有紀寧の肩を抱き寄せると……

 ガラガラガラッ!

「おっす! ゆきねぇ! 邪魔するぜ!」
  
 ……なあ、知ってるか?
 その言葉は本当に邪魔する時に使っちゃいけないんだぞ。

「結婚おめでとう! お祝いに来てやったぜ!」

 次から次へと、いかつい不良どもが狭い部屋に集まってきた。

「まあ……みなさん、来てくださったんですか。ありがとうございます」
「こんなめでたい日に、来ないわけにはいかないだろ?」
「幸せになってくれよ! ゆきちゃん!」
「はいっ。では、みなさんにお茶を淹れてきますから、ゆっくりしていってくださいね」
「おうっ!」

 ………………ゆっくりしていくのかよっ! 
 いや、有紀寧と結婚するからには、お前らが来ることは納得済みだったんだ。
 けどな……

「いや〜学校の時と違って、遠慮しなくていいから助かるよな」
「これからはいつでも来られるぜ」
 
 いや、少しは遠慮してくれ。頼むから。
 こうしていかつい男どもに囲まれて、俺と有紀寧の大切な初夜は更けていくのだった。

「なんだよ、旦那。新婚を祝ってやってるのにやたら暗いじゃねえか」
「……本当に祝ってくれてるのか? お前ら……」


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   以上が『有紀寧のほのぼの新婚生活・第一章』です。
   新婚生活はまだまだ続きます。
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