〜第七章〜
「驚いたね。こんなに急にぜんぶ決まっちゃうなんて」
「本当だね」
俺たちの前に宇宙船が現れた翌日。
菜々子ちゃんと連れ立って、昨日宇宙船を見た海岸でその空を見上げていた。
もうすぐこの場所にるーこを迎えに船がやってくることになっている。らしい。
宇宙船と交信できたのはるーこだけだから、俺たちはるーこから話を聞いただけなんで、いまいち実感無いけど。
ある日突然俺の前に姿を現わしたるーこ。 そしてまた唐突に彼女との別れは決まった。
なんでこんなに唐突に星に帰れることになったのか。
だいたいるーこは”るー”を使った罪で帰れないことになっていたんじゃなかったのか?
それについて、るーこは俺たちにこう説明した。
「それは、るーことちびうーの間に永遠の友情が生まれたからだ」
「……お前はアホか」
永遠の友情だってよ。
なに真顔で恥ずかしいことを言ってるんだこいつは。
しかも答えが質問の答えになってないぞ。
「意味がわからんぞ。それで何で帰れることになるんだ」
「るーこは初めて星を越えての永遠の友情を結んだのだ。
その功績を認められて、罪の一部を許された」
はあ……そうですか。そんなこと言われてもなあ。
「なんか嘘くせーー。
っていうか、そんなんで帰れるようになるんだったら、さっさとやればよかったんだ」
俺がそう言うと、るーこは微妙に不機嫌そうになった。
「うーは何も分かっていないな。そんなに簡単なことではないのだ。
宇宙は広い。そして星と星の距離は遠いのだ。
しかし友人を思う心はどんなに遠い宇宙の片隅にも届き、そして……」
「あー、わかったわかった」
これ以上その手の台詞を連発されたら、俺は恥ずかしくて窒息死してしまいそうだ。
まあそんな風にるーこは言ったわけだが。
でも俺はるーこの考えが正しいなんて少しも思ってない。
「きっとあれだよ。本当は仲間に見捨てられたと思っていたのはるーこだけだったんだよ。
あいつの仲間はずっとるーこのことを見守っていて、連れ戻そうと思ってたわけだ。
でもるーこが意地を張ってるもんだからそれが出来なかった、と」
「そうかなあ」
「で、菜々子ちゃんがるーこを説得してくれたから、あいつの仲間も姿ようやく姿を見せたわけだ」
「うーん、そうかもしれないね」
俺の言葉に頷きながら、でも菜々子ちゃんは納得したようには見えなかった。
「菜々子ちゃんは、るーこの言ったことの方を信じる?」
「えっ? わたしは……そうだね、
えっと、難しいことはよくわかんないなあ」
あはは、とごまかすように菜々子ちゃんは笑った。
あれえ? これはやっぱり、菜々子ちゃんは俺の意見よりるーこの言葉を支持してるってことのかな?
ふうむ。菜々子ちゃんとの友情、か。
宇宙船が現れたあのタイミングは確かにそう思わせるものがあった。
宇宙人にはそういうのが感じ取れるとでもいうのか?
でもやっぱり俺はそこまで信じる気にはなれないな……
まあ二人がお互いの友情を大切にしてるなら、それはいいことなのか。
それにしても……永遠の友情かあ。
真実の愛、とかと並んでこの歳でこの言葉を使うとすごく恥ずかしくなるんだが。
そういう言葉を信じられる菜々子ちゃんとるーこが、やっぱり俺とは違う絆を持てるのかもしれない。
「あの空の向こうに、るーこさんが住んでいる星があるんだね……」
「そうだよ」
青い空を見上げて、呟くように菜々子ちゃんが言った。
「宇宙船、すごかったね。
るーこさん、本当に宇宙から来た人だったんだね。わたし、びっくりしちゃった」
「俺もだよ」
「宇宙って、やっぱりすごく広いんだよね。
るーこさんも、きっとすごく遠くへ行っちゃうんだよね」
「うん」
今日の菜々子ちゃんはいつになく走った言葉が多くて、そして少し落ち着きが無かった。
それが少し気になる。
「るーこさんが帰ってしまうと、また寂しくなっちゃうなあ……
見送るとき、泣きそうになったらどうしよう」
「え?」
「困るなあ」
何が困るんだろうか。
俺は菜々子ちゃんが泣くことは悪いことじゃないと思った。
だってるーこと別れたくないからこそ、泣きたい気持ちになるんだから。
だから、別にるーこの前で泣いたっていいんじゃないのか?
「別に、泣いたっていいんじゃないのか?」
「ううん、駄目。
わたし見送りは絶対泣かないように頑張るから」
でも、菜々子ちゃんは絶対に泣かないと決めているらしかった。
どうしてだろう?
「どうして、泣いたらいけないって思うの?」
「上手くいえないけど……泣いたらずっと泣きっぱなしになっちゃうと思うの。
それに、また会おうって約束したから。それで泣くのはおかしいよ」
「そっか」
菜々子ちゃんには菜々子ちゃんの考えというか、決意のようなものあるらしかった。
俺には良く分からないことではあったけど、菜々子ちゃんがそう決めたのなら、俺も応援しようと思う。
「俺がついてるから」
「え?」
俺は菜々子ちゃんの傍に立って、その手を握った。
「俺が傍にいるから。だから泣かないで」
「ええ? えっと……あの、その……」
菜々子ちゃんは顔を赤くしてしどろもどろ。
あはは。なんだかかわいいな。
「わ、わたし、泣き虫だから、また泣きたくなるかもしれないから……」
「そのときも、傍にいてあげるから」
「じゃ、じゃあ……ずっと、わたしのそばににいてくれますか?」
「うん」
躊躇せず答えた。
一度決めてしまえば、もう迷う気持ちはなかった。
以前の自分が何で迷っていたのか不思議に思えるくらいだ。
「えと……えへへ……」
照れたように笑う菜々子ちゃんを見ると、俺は幸せな気持ちになれる。
ずっと笑っていてほしい。泣かないで欲しい。
俺が傍に居て、それで菜々子ちゃんが喜んでくれるならずっと傍にいたい。
だから、俺はこれでいいんだと思える。
「何だ? 二人とも、もうここにきてたのか」
振り返ると、るーこがそこに立っていた。
「お前が遅いんだよ。今までなにやってたんだ?」
「世話になった人たちに、別れを」
「そっか」
るーこが世話になった人たちは、多いようで少なく、少ないようで多い……かな?
ぶっちゃけ俺にもよくわからん。
商店街には知り合いが多かったみたいだ。公園に来る猫とか小学生とかもそうか。
俺や菜々子ちゃんがまったく知らない友人が居ても不思議じゃないし。
「さてと。るーこはもういくぞ」
「うん。忘れ物とか無いよね?」
大宇宙に旅立つ見送りとしては、二人の言葉は案外あっさりしたものだ。
もっと感傷的になるかと思ったんだけどな。
「大丈夫だ。るーこにとって大切なものは少しだけだぞ。
これもちゃんと持っている」
るーこは自分の首からかけていた首飾りを示した。
これは菜々子ちゃんが見つけた二枚のクローバーをアクリルに封じ込めて作ったものだ。
植物はこうして保存するか、押し花にでもしないと。そのままだとすぐ枯れちゃうからな。
「旅に多くの荷物は必要ない。だからこれも置いていく」
るーこは制服のポケットから、小さな金属板のようなものを取り出して、
それを菜々子ちゃんの手に握らせた。
「え?」
「これはるーこの持っている中で一番貴重な宝物だ。
るーこが一人前の娘になった証として族長である父から貰ったものだ。
だからちびうーにこれをやる」
「……本当にわたしが貰っていいの?」
「ぜひ、貰って欲しい」
「……うん。大切にするね」
「そしてるーは約束を忘れない。必ずお前に会いにくるぞ」
「うん。待ってるから」
るーこは菜々子ちゃんに頷きかけると、今度は俺の方に向き直った。
「うー。お前はちびうーとらぶらぶになれたのか」
「ああ。俺と菜々子ちゃんはらぶらぶだよ」
くう……恥ずかしいなあ。
隣で聞いている菜々子ちゃんも恥ずかしそうに頬を染めている。
けど、るーこがここでこの質問をしたことの意味を考えれば、そう言わないわけにはいかないよな。
「だから、菜々子ちゃんのことは任せておけ」
「わかった。泣かせたら承知しないぞ。宇宙の果てに追放してやる」
「ああ」
「よし……では、そろそろ行く」
呟いて、るーこは俺達に背を向け空に両手を挙げた。
そして一言。
「るー!」
ひときわ鋭いるーこの声が響く。
すると一瞬の光の瞬きのが起こり、気が付くともうるーこの姿はもうそこには無かった。
「るーこさん……もう行っちゃったの??」
「そうらしい」
いささか呆然とした様子で菜々子ちゃんは呟く。
俺ももう一度船とかが来るもんだと思っていたんだが、あいつは一瞬で消えてしまった。
るーこらしいとも言えなくもないが……そっけない消え方だったな。
「菜々子ちゃん……大丈夫?」
「泣かない、もん。だって、るーこさんは帰って来るって約束してくれたんだから……」
「うん」
しかし、呟く菜々子ちゃんの声には少し涙が混じっていた。
「また、ちゃんと会えるんだもん……だから、泣かない……」
「うん」
でも、今日くらいは泣いてもいいんだと思うよ。
俺は菜々子ちゃんをしっかりと抱きしめた。
今日はさすがに無理だと思うけど、明日からは笑って欲しいな。
……これで俺と菜々子ちゃんと、そして正体不明の宇宙人の物語は終わりだ。
ここから後の話はちょっとした後日談に過ぎない。
とりあえず今の俺たちについて話そう。
あれから七年ほどが経った。
俺と菜々子ちゃんはその後も清い交際を続けている。
周囲にはいろんなことを言われるけどな……
ふん。みんななにも分かってないんだ。
俺は別に小学生が好きなわけじゃないんだ。
たまたま好きになった女の子が、まだ小学生だっただけなんだ。
だから彼女が大人になるまで、ずっと待っているんじゃないか。
待つ時間はちょっと長いけど。
でも俺よりももっと寂しい想いをして誰かを待っている女の子がいるからな。
ずっと待ち続けるのは寂しいことだ。
でも本当に大事なものだけは、ずっと変わらずにいて欲しい。
俺はそう願わずにはいられない。
るーこと別れたあとも菜々子ちゃんは元気に過ごしている。
俺と菜々子ちゃんはるーこのことはあまり話さなかった。
ただ、時折るーこに貰った金属プレートを眺めてぼんやりとしていることがあった。
そんな菜々子ちゃんを見たときは、俺はなるべく明るく励ましてやることにしている。
……さて、少し話しは変わるのだが、俺は今るーこと初めて出会った桜並木の街路にいる。
折りしも今は桜の季節。
街路に立ち並ぶソメイヨシノの桜の木も、それぞれが満開に咲き誇っている。
「うわあ! すっごく綺麗に桜が咲いてる!」
「そうだね」
夜桜ってのもいいもんだな。
月の光に照らされて微かに舞っていく桜もまた綺麗だ。
「実はさ、この場所で俺は初めてるーこと出会ったんだ」
「え、そうだったんだ」
「今日、菜々子をここに連れて来たのは、るーこと初めて出会ったこの場所で、
君に話したいことがあったからだ」
「え? えっと……それはなに?」
言うぞ……うん、今日こそは言うんだ。
今まで言おう言おうと思いながらも、何度も失敗している。
結局のところ、俺に気合というか覚悟が足りないんだよな。
よし、今日こそ絶対言うぞ。
「
「あのさ、俺も一人前になったし。
そして菜々子も高校を卒業して、来月からは大学の生活が始まるんだ」
「はい、そうですね。
それで……あ? あれ……?」
「いや、俺はなにもいますぐってわけでもないんだけど。
でも、なんっつーかその、これは将来への約束っていうか、
そういうものとしてださ……」
「……」
俺は一生懸命に語りかけるが、菜々子ちゃんは何故か上の空。
いや、ここで引いてはいけない。
男が一度決めたことなんだ、たとえ菜々子ちゃんの気持ちがどうでも最後まで……
「実はさ、安いんだけど、そのここに指輪も用意してさ……」
「あの……貴明さん、」
「いや、少しだけ俺の話を……」
「あ、あの、貴明さん!」
「は、はい……?」
な、なんだろ?
俺の話に不満があるわけでもないみたいだけど。
そもそもこっちの話を聞いてないっぽい。
「なに?」
「あの、あそこに人が倒れてるみたいなんだけど……」
「へ……?」
菜々子の指差す方に目を向ける。
視線の先、夜桜の花びらが舞う並木道に少女が眠るように横たわっている。
見覚えのある少女。あの髪の色。
まるで、あの日の再現みたいだった。
横たわっている女の子の姿は、やはり俺があの時見た姿と同じだった。
「あれは……」
でもあの日とはひとつ違うことがある。
俺は一人ではなく、俺の隣には菜々子ちゃんがいる。
そして俺の傍らに立っていた菜々子ちゃんは、俺が動き出すより早く彼女に駆け寄っていった。
俺もゆっくりと菜々子ちゃんの背中を追って歩き出す。二人を見届けるためだ。
二人の元に辿り着いたとき、菜々子ちゃんは地面に膝をついて、横たわる女の子の顔を覗き込んでいた。
そして、あの時と違って女の子も眠ってはいなかった。
その瞳はただ静かに空にまたたく星と月の輝きをみつめていた。
まるで俺たちが声をかけるのを待っていたみたいに。
菜々子は震える声で、彼女に話しかける。
「あ、あの……るーこお姉ちゃん、だよね?」
「ああ。遅くなったな。
もっと早く来るつもりだったが。ちょっとばかり方角を見失って時間がかかった」
そしてゆっくりと起き上がったその顔が、月の灯りに照らされて今はっきりと見える。
ああ。
やっぱりるーこだ。
あいつ、あれから何年も経ってるのに、全然変わってないな。
「良かった……戻ってきて、くれたんだね」
「当然だ。約束だからな」
「うん、うん……」
なんども頷く菜々子ちゃんの声と瞳が涙に濡れてゆく。
やがて染み出すように少しづつ……
「くすん……ひっく……」
あーあ。
俺がいままで泣かせないように頑張ってきたのに。
お前が泣かせてどうするんだよ。
しかも俺が決意してた夜にわざわざ帰ってくることないだろ?
せっかくの覚悟が台無しだ。
でも……
「お姉ちゃん、変わらないんだね」
「ちびうーこそ、泣き虫が変わらんな。
大人になったのだろう?」
「うん……ごめんね」
「仕方のないやつだ」
るーこは涙ぐむ菜々子を優しく抱きしめた。
子供の頃のように、彼女はるーこの胸に顔を埋める。
そして菜々子は呟く。それは、ずっとずっとこれまで再会を待ち続けていた言葉。
「お帰りなさい、お姉ちゃん……」
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以上が『菜々子ちゃんと見上げた空〜第七章〜』です。
長い物語に付き合ってくださって、本当にありがとうございます
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