『菜々子ちゃんと見上げた空』 〜第六章〜  
 
 その後も菜々子ちゃんは河の土手で何か探し物を続けていた。
 俺も時々その場所へと足を運んだ。
 彼女を一人にしておくと、何時までも休もうとしないから……というのも、まあ嘘ではない。けど。
やっぱり、俺自身菜々子ちゃんを見守っていたかったからだと思う。
 探し物に少し疲れると、休憩がてら二人で並んで土手に腰掛けジュースを飲みながらいろいろな話をした。
 友達と行ったお店のこととか、学校で流行ってるドラマのこととか……
 彼女が何を探しているのか。何のために探し物をしているのか。
 その件については菜々子ちゃんからは、まだ何も聞いてない。
 『すぐに分かります』、と菜々子ちゃんは言った。だから俺は待つことにした。彼女の傍で。
 菜々子ちゃんがやっと探し物を見つけたのはそれから三日後のことだった。
 そして今日、るーこをこの場所に呼び出したのだ。
 菜々子ちゃんがここで何をするつもりなのか、まだ俺は知らない。

 
「来てくれてありがとう、るーこさん」
「ちびうーが呼べばるーこは銀河の彼方からでもやってくるぞ。よきにはからえ、だ」
「うん……ありがとう」

 二人は河原に広がる野原に並んで寝転んで、広がる青空を眺めながら話をしていた。
 俺は少し離れた場所から二人の話す様子を見守っていた。
 
「お姉ちゃんが帰れなくなったこと、お兄ちゃんから聞いたから」
「そうか」
「でもお姉ちゃん。お姉ちゃんはお家に帰らないとだめだよ」
「うーもちびうーとおなじようなことを言うな」
「うん。ごめんね」
「いや……いい」

 どうやら、菜々子ちゃんはるーこに故郷の星に帰るよう説得するつもりだったようだ。
 じゃあここで探し物をしていたというのはなんだったんだろう?

「どうして帰らないの? お金、無いから?」
「むう。そういうわけではないな」
「迷子になって、帰れないの?」
「むう……まあ、そうかもしれないな」

 相変わらず二人の会話はあんまりかみ合っていないなあ。
 でも、るーこは俺が話してたときよりはずっと落ち着いて話している。
 
(どうすれば、あんなふうにるーこと話せるんだろうな……)
  
 やっぱり菜々子ちゃんとるーことの間には、俺には分からない何かがあるんだろう。
 ちょっとうらやましくも思う。
 出来ればるーこみたいに菜々子ちゃんと話せたら、とずっと思っていた。
 でも、今はそうなれなくてもいいんだと思える。

「るーこは、大切な約束を破ってしまった。だからもうみんなのところへは帰れない」
「約束……? そんなに大変なことなの」
「大宇宙の掟だ。みんなが守る約束だ。それを守らないるーは仲間を裏切ったのと同じことだ」
「そうなのかなあ……」

 そして二人はしばらく黙っていた。
  
「あのね、もし……」

 そして先に口を開いたのは、やはり菜々子ちゃんだった。

「もし、わたしの友達がだいじな約束を破っちゃったら。
 そして、二度と私に会いに来てくれなくなったら、どんな気持ちになるかって考えたの」
「む?」
「わたし、その子と会ったら怒っちゃうかもしれないし、ケンカしちゃうかもしれないけど。
 でも二度と会えないなんて、やっぱり悲しいと思う」
「……」
「けんかしたままじゃ、やっぱり良くないよね?」
「むううう……」

 菜々子ちゃんから見たら、大宇宙の掟も友達との約束も同じレベルなのか?
 いや、この場合大切な部分は同じだということだろう……か?
 菜々子ちゃんの言葉を聞いてるーこは考えているみたいだった。
 俺には良く分からんが菜々子ちゃんはコミニュケーションに成功したのかもしれない。

「しかし……星に帰る方法が無いのも確かだ」 
「お金貸そうか?」
「だから、違うぞ」
「二人でバイトでもしようか。頑張ればきっとすぐにお金だって溜まるよ?」
「むう……」
 
 会話、成功したんだよな……? そう思いたいんだけど。
 でもるーこがその気になってもやっぱり星に帰る方法はやはり無いのかあ。
 どうしような。宇宙に人を送る方法を知ってる人にはほとんど心当たりが無い。
 いっそのことまーりゃん先輩にでも頼んでロケットでも盗んできてもらうか?
 あの人なら出来るかもな…… と、俺がそんな物騒なことを考えていると、

「わたしお金はあんまり持ってないんだけど……るーこさんに贈り物があるの」
「む、贈り物だと?」
「うん。これ」

 そして菜々子ちゃんはスカートのポケットから、綺麗なハンカチを取り出した。
 何重かに折り畳んだそのハンカチを、まるで壊れ物を扱うように丁寧に菜々子ちゃんは開けていった。
 きっとそのハンカチに挟んであるのが菜々子ちゃんここ数日ずっと探していたものだろう。
 
「るーこさん。わたしが見つけた四葉のクローバーです。
 どうか受け取ってください」
「ちびうー……」

 そうか。
 菜々子ちゃんがここで探していたものは、四葉のクローバーだったんだな。
 俺とるーこもかつてこの河原で菜々子ちゃんの友達の為にクローバーを探したんだ。
 しかしついに見つけることは叶わなかった。
 菜々子ちゃんはよく見つけられたなあ。でも、ずっと頑張っていたんだもんな。
 素直に感心する。るーこも俺と同じように感じたらしい。
 
「よくみつけたな。大したものだ」
「このクローバで、るーこさんがお家に帰れるようにお願いするから」
「うむ」
「それともうひとつ……」
「む?」

 菜々子ちゃんはスカートのもうひとつのポケットから、同じようにハンカチを取り出した。
 
「このクローバーは、わたしとるーこさんがまた出会えるように。
 るーこさんは、故郷の星にかえっちゃっても、わたしと友達でいてくれるよね?」
「ちびうー……」
「約束して、るーこさん。
 いつか故郷に帰っても、わたしとまた遊んでね?」
「ああ、約束する。るーことちびうーは、離れてもいつまでもずっと友達だ
 またお前に会いにここに来る」
「うん!」

 頷きあったるーこと菜々子ちゃんが手をとったその時。
 空の彼方から一筋の光が差した。
 今まで聞いたこともない不思議な音を響かせて何かが空を横切っていった。

「るー……」
「るーこ??」

 その飛行物体を見上げて、るーこは呆然とした体で立ちすくんでいる。
 
「どうしたるーこ、あれはなんだ??」
「るーだ……」
「るー?」

 見守る菜々子ちゃんと俺を振り向いて、るーこは厳かな声で言った。

「るーの星から迎えが来たのだ。
 るーこは星に帰る」



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   以上が『菜々子ちゃんと見上げた空〜第六章〜』です。
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