〜第五章〜
32回目の溜息が聞こえてきたところで、ついに雄二は我慢しきれず席を立った。
ほんとは最後までそれを無視する予定だった。
貴明が何を悩んでいようが、今日は……いや。今日こそは無視するつもりでいたのだ。
いい加減にこの幼馴染の恋の相談相手、とかいう役割はもうやめようと思っていたから。
だって、おかしいだろ? と雄二は思う。
彼女どころか浮いた話題ひとつ無いという自分が、どうしてモテモテ男の恋の悩みを聞かせられなきゃならない??
しかし黙ってその溜息を聞き流しているうちに、そんな不満もだんだんどうでもよくなってきた。
つくづく自分は我慢が足りない男だと思う。それともお人よしなだけか?
まあいい。
空いた隣席の椅子を引っ張ってきて、貴明の対面に腰を下ろす。
「あ……雄二?」
「なんだ? 今日はシケたツラしてやがるな。また何かあったのか? 女がらみで」
「う、いや……」
「さあ、とにかく話してみろよ。いったい何を悩んでるんだ?」
「うん」
貴明も、やはり誰かに話したい思っていたのだろう。
割と素直に話し出した。
「実は誰かに相談しようと思っていたことがあるんだ」
「そうか」
「こんなこと言ったら、お前も驚くかもしれないけど」
「大丈夫さ。そんなこともう慣れた」
前置きが妙に慎重なのが気になったが、雄二は貴明が何を言っても驚くつもりはなかった。
貴明から聞かされる恋の悩みごとのうちいくつかは常識ではあり得ないような出会いだったから。
しかし、
「俺、きのう小学生の女の子に告白されたんだ」
「……」
驚くつもりはなかった。さっきまで。
「俺はその子と付き合うべきかどうか、ずっと真剣に悩んでるんだ」
「……」
「なあ、お前はどう思う?」
どう思うって? そりゃあ……
雄二は黙って立ち上がった。そして、
「末期だな」
「はあ?」
ぽつりと呟くと、呆然と見上げる貴明を無視して懐から携帯を取り出す。
「あ、姉貴。貴明が末期だ。俺一人じゃ手に負えない。
だから集まって……うん、今日の昼食はこのみも入れて家族会議な」
向坂雄二が河野貴明の為に出来ることは、もうそれしかなかった。
お昼休みの学校の屋上。
幼馴染の4人の前に手作りの弁当と購買のパンのいくつかが並ぶ。
いつもなら楽しげな会話と共に食事の進む時間が始まるところだが、
今日はどこか重々しい雰囲気がその場を停滞させていた。
それは俺が雄二に話した一言が原因だったわけだが。
「あ、あの……」
その重い沈黙を破って、このみが遠慮がちにようやく声を上げた。
「タカくん、聞いていいかな」
「なに?」
「菜々子ちゃんって、最近タカくんのおうちに来てるあの女の子だよね?」
「ああ、そうだ」
そういえば、このみには菜々子ちゃんを紹介したことがあった。
菜々子ちゃんを家に上げるところを、玄関口でばったり出会ってしまったからだ。
「たしか、るーこさんのお友達で、」
「ああ、あの子ね。四葉のクローバーの」
タマ姉には、あの時土下座してクローバーをわけてもらっていた。
だからここにいる三人のうち、雄二以外は一応菜々子ちゃんと面識はあるってことになる。
「確かにかわいい女の子だとは思ったけど、まさかこんなことになるとはねえ……」
タマ姉は心の底から困り果てたように溜息。
まあ、俺もあの時にはこんなこと想像しなかったけど。
「それで、タカ坊は本当に菜々子ちゃんとお付き合いしたいと思っているの?」
苦虫を噛み潰すような顔のタマ姉に聞かれた。
「だって俺、このままじゃあ菜々子ちゃんのことを傷つけてしまうから」
「だからって、そんな理由で……」
タマ姉の言いたいことは、言葉にする前に俺にも分かった。
「彼女のこと、本気で好きになれないのならはっきり付き合えないって言うべきじゃない?」
「そんなこと出来ないよ!」
思わず叫んでしまった。
俺の声の大きさに驚いたらしく、雄二が飲みかけのフルーツ牛乳のパックを取り落とした。
「た、タカくん?」
「ご、ごめん。急に怒鳴ったりして……」
「ううん、それはいいけど」
言いながらも、このみはまだちょっと怯えてるようだった。
俺、さっきそんなに怖い顔してたのかな……
「でも、自信をもってその子に『好き』って言うことは出来ないんでしょ?
だからこそタカ坊が返事に迷ってるのよね?」
「それは……そうだけど」
「そんなんじゃやっぱり駄目だと思うわ。迷ってるぐらいならちゃんと断ったほうがマシよ」
タマ姉にはさばさばと切り捨てるようにはっきり言った。
がっくりしながらも、やっぱりなと俺も思った。タマ姉が言ったことは、俺もずっと感じていたことだ。
でも、納得は出来なかった。そもそも告白したのは俺の方からだ。
「タカくん、菜々子ちゃんのこと……好きじゃないの?」
落ち込んだ俺を心配そうに見つめながらこのみが尋ねた。
「好きだよ。でも……」
「でも?」
「う〜〜ん……」
「なんだよ貴明。はっきりしねえなあ」
ほんとにはっきりしない。自分の気持ちなのに。
「だって、好きにもいろいろあるじゃないか」
「じゃあ、菜々子ちゃんへのそれはどんな好きなの?」
このみに真剣な顔でそう問われて考える。
菜々子ちゃんはいい娘だ。可愛い。賢いし健気だ。
でも、いろいろ考えているようでもやっぱりまだ幼いし……純粋に物事を考えるなタイプだという印象もある。
傷つかないように護りたい。もう泣いてほしくない。
(でもそう言う俺が一番菜々子ちゃんを傷つけているんじゃないかな……)
そのことが何よりも辛い。
そういう気持ちを、いったいどう説明すればいいのだろう?
「好きなことには、間違いないと思うんだけど……」
「うん」
「でも、恋人とかっていうのはやっぱり違うかも」
たとえば、恋人として付き合うようになればケンカしたり傷つけあったりすることもあるだろう。
でも俺は菜々子ちゃんとそんな態度で向き合えない気がする。
そういうのはやっぱり彼女を恋の対象としては見てないからじゃないのかな……
「きっと、あんな勘違いがなかったら絶対菜々子ちゃんとのこんな関係が始まることは無かったと思う」
「でも、もう始まったんでしょ? どうするの?」
「うん、どうしようなあ」
悩んでしまうな、色々と。
菜々子ちゃんも、俺に告白されてこんな風に悩んだんだろうか。
随分待たされたけど、それだけ一生懸命に考えてくれたということなのだろうか。
「確かにはっきりしないままで付き合うのは良くないことかもしれないけど。
でも、はっきりしないから断るのもやっぱり良くないことだと思うよ……?」
言いながら、このみは深く考え込むように何度か頷いている。
「ううん。まだはっきり答えが出てないのに告白を断られるなんて、すごく悲しい」
そしてまた一言。
「やっぱりもっと真剣に考えてあげて欲しいな。
菜々子ちゃんだって、苦労して告白したんだと思うし」
「うん、俺もそうするつもりだ」
「俺は真剣に答えるなんておかしいとおもうな」
このみのしごく真面目な意見。しかし、雄二は興味なさそうに呟く。
「適当に、『十年経ったら結婚してあげるね』とか、
いい子にしてたら恋人になってあげる、とか言って喜ばせてやればいいだろ」
「あんたは最低な大人ね」
タマ姉は冷たく言ったが、雄二は動じない。
「あなたは、そんなふうに子供を見下して楽しいの?」
「見下してなんかいねーよ。
でも子供を子供扱いして何が悪いんだよ
大人が真面目に話したって、分かってくれるはずないじゃねえか」
「わたしには、あの子はそんなに子供には見えなかったわ」
「でも小学生だろ? 普通無理だって」
いいかげんそうに見えて、雄二の言葉はどこか常識的に聞こえる部分があった。
でもやっぱり俺は納得出来ない。
雄二は菜々子ちゃん本人のことを知らない。
だからこそそういうことが言えるんだと想うんだよ。
「俺、どうしても菜々子ちゃんをこれ以上傷つけたくないんだ」
「それは分かるけど……」
「もともとは俺が勘違いさせたのが原因だった。
それであんなに迷惑かけちゃったのに、菜々子ちゃんは俺のことを一言も責めなかった」
「そう。優しい子だね」
「それどころか、俺のことを好きって言ってくれたんだ。
しかも、俺に好きだって言われて嬉しかったって」
「そ、そう……すごいね」
「俺、告白の返事はすぐに出来なかったから。
今頃気にしてるかもしれないな……そう思うとやぱやっぱり心配だ」
「……」
「恋愛とか、そんなのあの子には向いてないと思ったんだ。
真面目で素直な子だし。面倒なことに巻き込みたくなかった。
恋とかそんなことより、あの子らしいことをずっと楽しんでいて欲しいんだ」
「あ、あの……タカ坊?」
「え?」
見ると、タマ姉もこのみもなんだか疲れたような顔をしていた。
「あの……」
このみが遠慮がちに手を挙げる。
「さっきから、タカくんって菜々子ちゃんのことがすごく好きだって言ってるみたいに聞こえるよ?」
「わたしにも、そう聞こえたわね」
「俺もだ」
そして他の二人もこのみに同意して頷く。
おいおい、ちょっと待ってくれよ。
俺はただ菜々子ちゃんのことをちょっと説明していただけで、別にそんな話は……
「いや、俺はただ彼女のことが心配で、」
「好きだから心配なんじゃないの?」
「まあ、そうだけど……」
うーん。
このみの考え方はタマ姉とか俺とは違うのかな。
「雄二はどう思う?」
「いや、俺に聞かれてもなあ」
戸惑うように、雄二は腕を組んで宙を睨む。
「んーその子小学生だろ?
俺の立場で言わせてもらえば、それだけでもうお帰り願いたいね」
「お前なあ……」
「でも、本気で好きならしょうがないんじゃね?
十年待つ覚悟があるって言うなら待ってもらえばいいし」
「随分いい加減な言い方ね。それにあなたの立場で言っても意味が無いじゃない」
タマ姉が咎めるように口を挟む。
「そんなこと言っても自分のことしか言えないよ。俺は貴明じゃねえんだから、
最後は貴明が決めるしかないだろうが」
そして雄二は俺を見る。
このみも、タマ姉も。
で、お前はどうするんだ?
彼女と付き合うの、断るの?
タカくん、菜々子ちゃんのこと好き?
それぞれに答えを望まれている。でも俺は答えられない。
やがて授業開始の予鈴が鳴り始めた。お昼時間は終わり。
『いつまでも考える時間はお前には無いぞ。』そう言われているみたいだった。
「さ、もう引き上げましょうか」
止まった流れを動かすようなタマ姉の一言。
そして皆が後片付けを始める。
「タカ坊、あの時も言ったと思うけど」
そしてタマ姉が去り際に残した一言。
「法律は守りなさいよ?」
にやりと笑ってそう呟いた。
でも、あの時と違って今回はそれが冗談に聞こえないのが怖い。
三人との昼食の後。
午後の授業の間も、学校からの帰り道もずっと菜々子ちゃんのことを考えていた。
すこし、考えながら歩きたかったのと……
正直に言えば、るーこが待ってる家に今はどうにも帰りにくかったというのある。
俺はぶらぶらと桜並木のあたりまで回り道をしていた。
桜並木の道路から、あの川沿いの土手が見える。
るーこと一緒に菜々子ちゃんのクローバーを探した場所。
そして昨日菜々子ちゃんに告白された場所でもある。
「……あれ?」
ただなんとなく眺めていた川辺の土手に、見覚えのある小さな背中が見えた気がした。
一応確かめておくだけのつもりでそこへと下っていった。
「菜々子ちゃん?」
やっぱりそこに居たのは菜々子ちゃんだった。
土手にしゃがみこんで、あの日みたいに何かを探していたようだ。
その顔が振り返る。
「お兄ちゃん? どうして?」
彼女もここで俺に出会ったことに驚いているみたいだった。
「俺はただ、ちょっと菜々子ちゃんを見かけたから」
答えつつ、彼女が何をしていたのかをちょっと気になって観察。
でも、菜々子ちゃんはその視線に気付いたらしく、慌てた様子で後ろ手に何かを隠した。
「あれ、菜々子ちゃんどうしたの?」
「な、なんでもない……」
なんでもあるよなあ。
気になるけど、まさか無理やり引きずり出すわけにもいかない。
でも良く見ると菜々子ちゃんはここで随分長い間探し物をしていたみたいだ。
靴も膝も土で汚れている。
「ここで何か探してたんじゃないの?」
「……」
「俺になにかできることがあれば手伝うよ」
「ううん、いいの。たいしたことじゃないから」
「でも、」
「ううん、いい」
「……」
やっぱり、菜々子ちゃんは幼そうに見えて結構頑固だなあ。
普段は大人しい子だけど、自分が一度こうと決めたことだけは絶対に曲げようとしない。
「“るー”の導き……」
その菜々子ちゃんがもらした小さな呟き。
「え? なに?」
「四葉のクローバーを探していたあの時、おにいちゃんとるーこさんが
どうしてわたしのことを助けてくれたのか。それをるーこさんに聞いたことがあるの」
「あいつ、何て言った?」
「運命なんだって」
運命かあ。また大袈裟なことを言うものだな。
「わたしとるーこさんが会ったのも、あの場所でわたしと一緒にやるべきことがあったからだって」
「はあ……」
まあ、るーこが言いそうな言葉ではあるな。
ついでに菜々子ちゃんが好きそうな言葉でもあった。
「じゃあ、菜々子ちゃんがこうしてるのも、運命だからだっていうの?」
「そうだったらいいなとは思ってるけど」
むう……
菜々子ちゃんもやっぱり好きなのかなあ。運命。
「だったら、俺だってここに居るんだから手伝わせてよ」
「え?」
「いや、ここで菜々子ちゃんと出会ったのも、運命、かもしれないし……ね?」
「え……」
うん、まあ俺はこれが運命の出会いだとかはさすがに思わんけどな。
でも菜々子ちゃんが困っているところを助けられるのなら俺としてはなんでも良かったんだ……が。
しかし俺の言葉を聞いた菜々子ちゃんは何を思ったのか。
黙って数歩俺の元に歩み寄ってきた。
「な、なに……?」
「……」
ちょっと驚く。
しかし俺の焦りなど意に介さない。
菜々子ちゃんはただ黙ってそのまっすぐな瞳で俺をみつめている。
(な、なんだろ……??)
まるで俺が何を考えているかを探っているようにも感じられた。
彼女が、その瞳で俺に何を見ようとしているのかは分からない。でも、
(な、なんかどきどきするんだけど……)
菜々子ちゃん、将来美人になるって言われてたけど。
(今でも結構可愛いよな……)
思えば、菜々子ちゃんとこうしてじっと顔をあわせるのも初めてのことかもしれなかった。
と、不意に菜々子ちゃんは俺から目を逸らした。
「うん……でもきっと、わたしが一人でやらないといけない気がする」
そして自分の結論を出したらしい。
彼女はそう言って俺にも背を向け、また一人で探し物を始めてしまう。
「けど、一人じゃ大変だよ」
「そんなこと、ないから」
頑固だなあ。けどいったい何時からここで頑張っていたのだろうか。
綺麗な髪が汗で乱れて、少し呼吸がおかしい。
どう見ても菜々子ちゃんはかなり疲れているようだ。
「それなら、せめて少し休んだほうがいいよ」
「へ、へいき。あとちょっとだけ……」
そう言っても、もう足元がふらふらだ。
どうしよなあ。
ちょっと時間も遅いし……とにかく俺は菜々子ちゃんのご両親に連絡しておこうか、と思った。
しかし携帯を取り出していたところで、
「あっ?!」
足のふらついた菜々子ちゃんは、おっとっと……と土手のすぐ傍の河のほうに。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
もちろん俺だって精一杯手を伸ばしてはみたのだ、しかし位置的にはどうしても届かなかった。
ふらつく菜々子ちゃんの小さな体は、そのまま土手を転がって……
「あ〜〜〜……」
ぼちゃんと。
俺の見守る中、哀れにも菜々子ちゃんは河に……落ちたんだよ。
マジで。
すぐに菜々子ちゃんを河から引き上げることは出来たけど、さすがに無事ではいられなかった。
「う……ひっく……ぐす……」
「だ、大丈夫??」
大声で泣き出さないだけでも菜々子ちゃんはよく我慢していると思えた。
不幸中の幸いではあったが、菜々子ちゃんが落ちたここの河は比較的水もマシな方でゴミなんかも少ない。
それでも河に落ちてしまった彼女は髪も服もドロ水でべとべとだった。
あー、ここでタオルでもあったら良かったけどなあ。でも、そんなもの持ち歩いてなんかない。
俺は持っていた小さなハンカチで菜々子ちゃんの髪をできるだけ拭いてあげた。
さらに上着を脱いで全身ずぶ濡れの菜々子ちゃんに被せる。
「さ、帰ろう。ここからだと俺の家の方が近いから……」
「ひっく……うん……」
なるべく優しく励ましたつもりだったけど、でも菜々子ちゃんはしばらくは歩き出そうとはしなかった。
無理も無いけど。
「泣かないで。ほら、行こう」
「ぐすっ……ごめんなさい……」
「謝ることなんてないから」
泣いている顔を見られたくないらしい。
さっきから俺が話しかけても、菜々子ちゃんは顔をあげることはなかった。
うつむいた顔から流れた涙が一滴、二滴と地面に零れ落ちた。
「菜々子ちゃん……」
駄目だった。もうこれを黙ってみてることなんて出来ない。
どうしても彼女をこれ以上泣かせたくない。
そして俺は彼女を簡単に元気付ける方法があることに気が付いていた。
それは安易な手口だったし、ある意味すごく悪いことだったのかもしれない。
でも彼女が泣き止んでくれるのだったら、俺が思い悩むことなんてくだらないことだと思った。
「菜々子ちゃん、これ受け取ってくれるかな?」
「えっ……これ……?」
菜々子ちゃんの手をそっと開かせて、その手に握らせる。
それは彼女から返されてからいつも持ち歩いていた。あのアクセサリーだ。
「うん。そうだよ。だからもう泣かないでね」
菜々子ちゃんには泣いて欲しくない。笑っていて欲しい。
「で、でも……ほんとにいいの?」
「いいんだ」
俺は驚いている菜々子ちゃんの手をとって、もう一度しっかりとそれを握らせた。
ちらちらと、菜々子ちゃんは俺の様子を伺うように視線を何度か彷徨わせている。
まだ迷っているのだろうか?
「それ、もう欲しくなかった?」
ちょっとだけ意地悪く聞いてみた。
菜々子ちゃんはびっくりしたように顔を上げて、あわてて手の中の物を抱きしめるように抱えた。
「菜々子ちゃんに受け取って欲しいんだ。貰ってくれる?」
「……うん……」
微かに頷いてくれた菜々子ちゃんの肩を抱いて、俺は歩き出した。
いまのところ、菜々子ちゃんは素直につい来てくれている。
……ちょっとは機嫌を直してくれたのかな?
伏せがちの顔からは、その表情を確かめることが出来ない、けど……
「……えへ……」
あれ? いま菜々子ちゃん、笑わなかった?
「ぐす……えへ、ふふふ……」
まだ涙の乾かない瞳をこすりながら、でも菜々子ちゃんにから小さいけど無邪気な微笑みがこぼれおちた。
ああ、よかった…… 菜々子ちゃんが笑ってくれた。
嬉しい。
すごく嬉しい。
やっぱり俺はこの子のこと……
「おにいちゃん」
「なに?」
「あの……手、握ってもいい?」
うわあ。
菜々子ちゃんも意外と言うもんだなあ。
しかしどうしようなあ。
俺もいままでだったら、ここで焦ったり動揺したりしただろうけど。
「はい、どうぞ。お嬢様」
そう言って右の手を差し出した。
……ちょっとわざとらしかったか? でも他のやり方も知らん。
菜々子ちゃんは差し出した俺の手を、確かめるようにちょいちょいと触れてきた。
「ほら」
俺は自分から伸びてきた菜々子ちゃんの手を取った。
わあ。華奢な手だなあ……
壊してしまわないように、そっと包み込む。
「え、えへへぇ……」
菜々子ちゃんが笑う。
そのときどんな顔をしていたのか。確かめる勇気は無くて、俺はそっぽを向いたままだった。
今の俺の顔も見られるのは恥ずかしかったし。
でももう、彼女のことで怯えたり拒んだりしたくない。
俺が手を繋ぐことで菜々子ちゃんが笑ってくれるのだったら、それでいい。
だって菜々子ちゃんが嬉しいと、俺も嬉しいんだ。
恋とかそういうものと同じではないかもしれないけど。
それでも、俺にとって菜々子ちゃんはとても大切な女の子だ。
そうして。
俺はそのまま菜々子ちゃんと手を繋いで家まで帰った。
それを見たるーこは、
「よくやったな、うー。ついにちびうーを口説き落としたな」
と、俺を褒め称えてくれた。
余計なお世話だと言いたい。
第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章 第七章
上に
以上が『菜々子ちゃんと見上げた空〜第五章〜』です。
製作に随分と長い間をあけて、大変申し訳ありませんでした。
この場を借りてお詫びいたします。
次回はほとんど出来ていますので、それほどお待たせしないですむと思います。
読んで下さった方が居ましたら、ありがとうございます
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