第一章
ある日、放課後の中庭で。
ケヤキの樹の下に座っていつものように本を読んでいたら、野球のボールが飛んできて私のお尻にぶつかりました。
わざわざお尻にぶつかるなんて、なんとも趣味の悪いボールです。
そのボールを飛ばした犯人はクラスメイトの直枝さんでした。
直枝さんが野球をやっていたとは驚きです。
ボールを取りに来た直枝さんに、私はちょっとだけ意地悪を言ってしまいました。
直枝さんは謝って、湿布を持ってきて下さると言いましたが、わたしは恥ずかしいのでそれをお断りしました。
そういえば、誰かとこうして話すことも久しぶりだったように感じます。
またある日。お昼休みの中庭で。
今日もまた直枝さんにお会いしました。
律儀にも昨日約束した湿布を持ってきて下さったようです。
些細なことですが、こうして交わした約束をきちんと守って下さる方に出会えると、少し嬉しい気持ちになれます。
約束を守ることは、とても大切なことだから。
でも、わたしのどこにボールがぶつかったかを直枝さんに聞かれてしまいました。
恥ずかしいことを聞かれてしまったので、私はまた直枝さんに意地悪を言ってしまいました。
どうも私は直枝さんの前では意地悪になってしまうみたいです。
直枝さんはいじられキャラだと思います。
放課後の中庭で。
また直枝さんにお会いしました。
直枝さんに私が持っている本について質問されました。
この本は、わたしそのものと言える大切な本です。
直枝さんはこの本のことを知りたいのでしょうか。
わたしのことについて知りたいと思うのでしょうか。
直枝さんにそう聞いてみましたが、直枝さんは分からないと答えました。
分からないのに何故毎日ここに来るのでしょうか。謎です。
でも、それはわたしも同じなのかもしれません。
わたしも今日、ここで直枝さんに会うかもしれないと思ってあの木の下に座っていました。
会ってもいいと思っていました。
その理由はよく分かりません。
お昼休みに今日もまた直枝さんが中庭に姿を見せました。
直枝さんにパンの耳ばかり食べさせているような気がしたので、今日はサンドイッチを食べて頂きました。
直枝さんはパンの耳も食べていたのに、その上でサンドイッチの残りも全部食べてしまったので少し驚きました。
意外に食欲旺盛です。直枝さんも一応男の子なんですね。
まるで飢えたケダモノのようです。
その後、直枝さんは”リトルバスターズ”に入らないかと、わたしを誘ってくださいました。
リトルバスターズ。正義の味方、だそうです。今は野球をしているそうですが。
まさか正義の味方に誘われるとは思ってもみなかったので、わたしはとても驚いてしまいました。
直枝さんは面白い方だと思います。
もちろん申し出はお断りさせて頂きましたが、何故あえてわたしを誘ってくれたのかとても気になります。
その日の帰り道、わたしはふと気になって遠回りして校庭の横の道を通りがかりました。
そこでは直枝さんを含め、 リトルバスターズの仲間の方々が皆一生懸命に……
いえ。一部の方はかなり適当に見えましたが。
皆さんおおむね一生懸命に野球の練習をしていました。
その場所はわたしには決して縁の無い、楽しくて眩しい場所に見えました。
直枝さんはこの場所にわたしを誘ったのです。
それは、とても残酷なことではないかとわたしは思うのです。
それはともかく。
そのリトルバスターズのメンバーがなんだか妙に偏っている気がするのです。
まず野球だというのに女の子がとても多いです。しかも綺麗な女の子ばかりなのです。
まるでアイドルチームのようです。
そのメンバー集めをなさっているのが直枝さんだとしたら。
すごいです。
直枝さんは朴訥だとばかり思っていましたが、意外と下心満載なのかもしれません。
ところで。わたしも同じような基準で、直枝さんに選ばれたのでしょうか。
謎です。
今朝のお弁当はおにぎりです。
ついでに海苔を持っていくことにしました。これは直枝さんにあげる分です。
何故こんなことをするかといいますと……
直枝さんの食べる分のおにぎりをわざわざ用意しておいたと思われるのが恥ずかしかったからです。
でも、直枝さんは僕のために海苔を持ってきてくれたんだ言って笑いました。
余計なことに気が付かないで欲しいです。おかげで少し恥ずかしい思いをしました。
直枝さんはデリカシーが足りないと思います。
直枝さんと一緒に鳩に餌をあげていると、鳥が好きなのかと聞かれました。
『好きなのか』そう聞かれたら、わたしは嫌いだと答えるでしょう。
けれども、もし『嫌いなのか』と聞かれたら、わたしは好きだと答えていたかもしれません。
そんな気持ちを、わたしは上手く説明することが出来ません。
わたしが中庭に集まってくる鳩たちにわたしが餌をあげようになったのは、もう随分前からのことです。
きっかけは、サンドイッチを作ったときの余りがもったいないと思えたから。
ただそれだけでした。
でもあまりにたくさんの鳩が中庭に集まるようになったので、わたしは餌を持ってくることを一度やめてしまったのです。
そうしたら、次の日から鳩はまったく寄り付かなくなってしまいました。
わたしはそのことを、寂しいと感じました。特に鳩に好かれたいと思っていたわけではないのに。
その日から、わたしは毎日欠かさず鳩にあげるための餌を用意しています。
そんな自分をわたしは好きになれません。
そういえば最近は鳩とおなじくらい直枝さんにも餌を……
いえ。粗食を差し上げていますね。
直枝さんもわたしが食事を用意しなければ、いずれはこの中庭に来なくなってしまうのでしょうか。
もしかしたら、そうなのかもしれません。
結局わたしと直枝さんはその程度の単純な関係でしかないのかもしれません。
それにわたしは直枝さんのことをほとんどなにも知らないのです。
けれども――以前直枝さんはわたしの作ったサンドイッチを食べて美味しいと言ってくれました。
それはおせじなのかもしれないけど、わたしはまだその言葉を心のなかに憶えているのです。
その言葉を思い出すと、わたしの胸の中は少しだけ暖かくなるのです。
大切にしていた本を無くしてしまいました。
わたしが、自分自身だとも思えるほどに大切に思っていた本です。
いくら探してもみつけることは出来ませんでした。
もうきっと見つからないと諦めて寮に帰りかけたところで、直枝さんが一緒に探そうと言ってくださいました。
少しだけ、涙がでそうになりました。
本はクラスメイトの机の中に大切に仕舞われていました。
それを見つけてくれた直枝さんは、その本の意味を知りたいとわたしに言いました。
わたしはその本を、そしてあの言葉を直枝さんに見て頂きました。
白鳥は哀しからずや空の青
うみのあをにも染まず
ただよふ
その言葉の意味。そしてそこに託したわたしの願い。
でもいったいどれだけのことがあなたに伝わったのでしょう。
直枝さんは、きっとわたしの本当の想いをわかってくれたわけではないと思います。
そして、それは直枝さんのせいではないのです。
わたしはきっと、相手が誰であってもわたしの本当の気持ちを伝えることができない。
ただそう思うのです。
直枝さんに、突然マネージャーになって欲しいとお願いされました。
わたしはアイドルのマネージャーの勧誘かと思ったので、つい引き受けてしまいました。
まさか、わたしが野球部のマネージャーに誘われるものとは思ってもみませんでした。
今時クラスメイトの女の子を野球のマネージャーに……とは随分クラシックですね。
まるで伝統の野球漫画のようです。
直枝さんが望むロマンスは古典的な傾向にあるようですね。
とにかく勘違いとはいえ、一度引き受けてしまったことです。わたしは約束を違えるのは好みません。
不肖ながらリトルバスターズのマネージャー、しばらくの間務めさせて頂くことにします。
チームに入ったわたしは神北さんと能美さんに誘われてとある秘密結社に入ることになりました。
そうです。秘密結社です。誤字でも誤植でもありません。恐ろしいことに。
リトルバスターズの女子だけが集まる会合、なのだそうです。
わたしも女子のはしくれとして参加を求められました。
正直こういうのは苦手なのですが、この手のお誘いをあまりに無碍に断るとなにかと角がたつというのは過去に経験済みです。
ですのでとりあえずは参加して様子を伺うことにしました。
その秘密結社の内容ですが……秘密結社なので秘密です。
以上。
……すいません、冗談です。
秘密結社の団員は、男子には内緒で集まって絆を深め合うのだそうです。
昔から男の子は秘密基地を作り、女の子は秘密結社を作るものだと聞いています。
これも冗談ですけど。
ともかく、男のひとには理解出来ないことかも知れませんが、
女子という生き物はこうして意味無く群れるのが遺伝子レベルで好きらしいです。
わたしにはあまりそういう習慣が無いのですが……
明日から秘密結社の活動が始まります。
今日リトルバスターズのみなさんと、『アドレス交換』というのを行いました。
交換したらアドレスが使えなくなるのかと聞いたら、直枝さんはちょっと複雑な表情をしていました。
わたしはそんなに変なことを言ったのでしょうか……?
わたしがメールの使い方を知らないと言うと、直枝さんはわたしの携帯を奪い取ってみなさんのアドレスを登録してしまいました。
意外にも直枝さんは強引なところがあるようです。
わたしにはボタンが多すぎてまったく理解できない携帯ですが、みなさん(鈴さん以外は)器用に使いこなしているようです。
それがわたしには不思議でなりません。
みなさんのアドレスが自分の携帯に登録されたのを見て、わたしは少しだけみなさんと仲間になれたように思ってしまいました。
そんなことは錯覚だと分かっているのに。
今日から女子だけの秘密結社の活動が始まります。
記念すべき最初の活動は”ひざまくらごっこ”です。
野球部員の集まりだというのに、開催第一回目にして既に題名に野球のやの字もありません。
でもきっとそのようなことを言うのは無粋なのでしょう。
そしてこの”ひざまくらごっこ”ですが、パートナーを自分の恋人に見立ててひざまくらをしてあげる、というなんとも壮絶なごっこ遊びです。
彼氏にみたてて……などと言っても皆さん誰にも彼氏などいないんですが。
と、わたしがうっかり口を滑らせてしまったので、罰として今回はわたしも無理やり巻き込まれてしまいました。
今回わたしのお相手を、つまりわたしの彼女役をしてくださったのは神北さんです。
神北さんはわたしの頭をひざの上に乗せて、髪をとてもやさしくていねいに撫でてくださいました。
ちょっとだけ、ときめいてしまったのは誰にも秘密です。
ちなみに鈴さんのお相手は来ヶ谷さんでした。かわいそうに。
それはもう、文章にすることなど許されないほどの可愛がりっぷりでした。ええ。
美しいものが嫌いな人がいるでしょうか。
今日の午後の昼下がり。涼しげな風が吹いていた中庭でのことでした。
わたしは直枝さんと一緒に昼食をとっていたのです。
直枝さんはわたしが作ったサンドイッチを手にしていました。
そこへ棗さんがやってきたのです。
『理樹、うまそうなもの持ってるじゃないか』
そう呟いて、棗さんは直枝さんの肩越しに唇を寄せます。
まるで愛しい恋人に愛を囁くかのように。
『や、やめてよ恭介。人が見てるから』
そう言って恥らう直枝さんですが、棗さんの強引さに押し切られてしまうのでした……
これがわたしの目撃した光景です。
一部演出を考慮して脚色した箇所もありますが、状況はおおむねこんな感じだったはずです。
棗さん×直枝さん……おおいにアリです。
しかし、直枝さん×棗さんも捨てがたいと思います。
なんにせよ今晩はいい夢が見られそうです。
今日も秘密結社の活動がありました。
今回のお題は”スパイ合戦”です。
みなさんが持ち寄った秘密を公開し、その秘密の重要性に応じて出世できるというごっこ遊びです。
この情報戦で一番活躍したのは鈴さんです。
というか、鈴さん以外はほとんど活躍しませんでした。
鈴さんがリトルバスターズの男性陣みなさんの秘密を沢山教えてくださったのです。
貴重な情報をみなさんに提供した鈴さんには”スパイ大臣”なる称号が与えられました。
鈴さんはこの称号がとても気に入ってしまったようです。どう見てもだまされてます。
しかしわたしも鈴さんからはいろいろ貴重な情報を頂きました。
そうですか、直枝さんはトランクス派ですか。
勉強になります……
明日はいよいよ試合当日です。皆さんの練習にもさすがに熱が入ってきました。
そんな中、三枝さんが足を捻挫してしまったのです。
わたしは救急箱を持って手当てに向かいました。
本当はそのとき『恭介さんが手当てをした方がいい』と思ったのです。
恭介さんがとても上手に手当てが出来ることを、わたしは知っていたからです。
けれどもわたしは自分から申し出て、三枝さんの足の手当てをさせて頂きました。
何故そうしたのかは、上手く言えません。
突然このチームのマネージャーという役目を与えられて、
でもそれほどたいしたことも出来ずにただこのグランドの端にわたしはただずっと座り続けている。
それが少し重荷になっていたのかもしれません。
特にみんなの練習に熱が入ってきた今となっては、自分も何かしなければいけないという気持ちはありました。
けれどもそれでみなさんの足手まといになっては本末転倒ですね。
明日からは自重したいと思います。
今日はチームリトルバスターズにとって、初めての試合が行われました。
相手チームは各クラブのキャプテンが集う強敵です。
リトルバスターズのみなさんは一生懸命に戦いましたが、僅かに力及ばず。
最終回で惜しくも逆転負けを喫してしまいました。
試合を決めた最後の打球を追いかけたのは能美さんのグローブでした。
能美さんは懸命に打球に飛びつきましたがほんの少しだけ届きませんでした。
そしてそれが決勝点となってしまったのです。
ボールに飛びついたとき能美さんは足の膝を擦りむいてしまったので、わたしは後片付けをみなさんにお願いして、
少し離れた場所で能美さんの膝を治療していました。
膝の消毒を終えてガーゼを包帯で固定していました。
そしてふと見上げると、何故か能美さんの瞳から涙が溢れそうになっていたのです。
わたしは、消毒したばかりの膝の傷が痛むのかと思いました。でも、そうではなかったのです。
「能美さん、傷が痛むのですか?」
わたしは尋ねましたが、能美さんは微かに首を振って否定しました。
「……ごめんなさい、です」
「え?」
能美さんがどうして謝ったりするのか。
そのときわたしにはまったく分かりませんでした。
「わたしがあの球を取れなかったから、だから負けてしまったのです」
「そんな……」
逆転を許してしまったのは、絶対に能美さんの責任ではありません。
あれが仮にエラーだったとしても、懸命に球を追っていた能美さんを責める人は誰もいなかったはずです。
それなのに、能美さんがどうしてわたしに謝らなければならないのでしょうか。
わたしはそう言おうと思いました。でも出来ませんでした。
能美さんが、その震える手でわたしの手をそっと握ってきたからです。
「みんな、あんなに頑張っていたのに。
わたしさえあの球を捕っていたら……きっとみんな喜んでくれたのです」
呟く能美さんの瞳から、涙が零れ落ちるのを見ました。
その涙を見たとき、ただわたしは胸が苦しくて、なにも言えなくなってしまったのです。
わたしの手を掴んでいた能美さんの手のひらは熱かったのです。
まるでそこから能美さんの思いの強さが伝わってくるようでした。
わたしは、『わたしは、能美さんは悪くないと思います』と。
ただそれだけを言いました。
けれど、そんな言葉で能美さんを励ますことなどとてもできなかったのです。
能美さんの涙は止まることはなく、能美さんに掴まれたわたしの手はただ熱く。
そして、
「ほえ? お二人さん、片付けサボってなにしてんの……あっ、」
わたしがただただ呆然としていたそのとき、三枝さんがやってきたのです。
三枝さんは、能美さんの様子にすぐに気が付きました。
「クド公、さっきの球取れなかったから泣いてんの?」
それはなんと無神経な言葉か思いました。一瞬怒りさえ湧き上がりました。
でもそうではなかったのです。
「クド公が泣くことないんですヨ! ほらっ、ワン子は頑張った! 泣くな!」
三枝さんは明るく笑いながら、能美さんをぎゅっと抱きしめて。
長く整えられた髪をぐしゃぐしゃになるまで撫で回すのです。
驚いて逃げ出そうとする能美さんでしたが、その小柄な身体を強引に押さえ込まれて逃れられず。
そして、いつしか能美さんは三枝さんにしがみついて泣き出していたのです。
でも三枝さんはすこしも動じた様子もなく、陽気に笑いながら能美さんの頭を撫でていました。
すごいと思いました。
わたしにとって三枝さんのその行動は、優しいとか思いやりがあるとか。
そんな曖昧な言葉では言い表すことが出来ないものでした。
わたしには三枝さんと同じようなことは絶対に出来ないでしょう。
わたしは普段から三枝さんのことを、ちょっと無神経なところがあると思っていました。
もっと正直に言ってしまえば何も考えていない、好き勝手にしてる方だと思っていました。
そしてその無神経さに時には不快になることがありました。
でも、そんなことは大した問題ではないのです。
能美さんと三枝さん。二人は本当の親友です。
それをわたしはうらやましいとさえ思いません。
所詮、わたしはその間に立っていることさえ恥ずかしいような人間なのです。
『わたしは皆さんと一緒に居ていい人間じゃない』
わたしが初めてそうはっきりと感じたのは、きっとこの時だったと思います。
みなさんが居るこの場所から逃げてしまいたいと、そう思いました。
……
いいえ、本当のわたしはもっと卑怯なことを考えていたのです。
わたしではないわたしがここに居て、みなさんと楽しく笑うことが出来たら。
一緒に練習に参加したり、楽しく遊んだり。
わたしには出来ないことをやってくれたらいいと。
そんな都合のいい幻想に逃げ込んでいたのです。
それは本来、絶対に叶うはずのない現実逃避でしかなかったのですが。
けれど、わたしはその幻想を叶える方法を一つだけ持っていたのです。
その夜わたしは夢を見ました。
真っ白な、影の無い部屋の中。その中心にわたしはひとりきりで立っていました。
わたしの部屋ではありませんでした。その部屋にはドアも窓もありません。
ただひとつ、わたしの正面には大きな姿見の鏡があります。
その中に鏡に映ったわたしがいました。
わたしが瞬きすれば、鏡の中のわたしも瞬きをします。
わたしが息をすれば彼女も同じだけ息をしました。
でも、彼女はわたしとは一つだけ違うことがあります。
『美魚、元気だった? わたしは元気だったよ』
彼女が浮べる眩しい笑顔。
決してわたしには出来ない爽やかな笑顔が彼女の顔にはあるのです。
それは今のわたしがどうしても欲しいと思っていたものでした。
『わたしのこと、憶えてる?』
『はい。もちろんです』
鏡の中の彼女の問いかけに、わたしは頷きます。
『じゃあわたしの名前、呼んでくれる?』
『……』
ずっとわたしの中に居た、もうひとりのわたし。
わたしが思い出せなくなっていたその間も、きっとわたしの中に彼女は居たはずなのです。
わたしはその名前を確かに憶えています。
『美鳥――』
彼女の名前を呼んだ瞬間。
目の前の全部が真っ白な閃光に埋め尽くされていきました。
その光の眩しさに、わたしの手足が、胸が、頭が……すべてばらばらになって溶けていきます。
そして――
上に