「……だって、雨がいっぱい降ってるから」
「理由、それだけ?」
「そうだよ?」
濡れた髪を拭きながら、あたしは貴明にそう答えていた。
雨はまだ、降り続いていた。
あたしがここに来たときよりも、雨音はもっと強くなっているかもしれない。
……本当のところ、あたしはちょっと怒っていた。
貴明はほんとバカだ。
バカでえっちだ。女の子の気持ちなんてなんにもわかってない。
いくらなんでも、デリカシーが無さすぎると思う。
こんな格好の女の子に泊まっていけ。なんて、ほんとひどいと思う。
し、下着だってつけてないのに……もう。
おまけに『家には両親が居ない』、だって。
いくらなんでも、そこまで下心丸出しな言葉で誘われたって、うんと言えるはずがない。
……でも、あたしは今夜貴明の家に泊まっていくことにした。
いろいろと許せないことはあるけれど、帰りたくない気持ちもあたしにはあったから。
「ねえ、勘違いしないでよ。もし変な気起こしたら、ただじゃおかないかないわよ」
「わ、わかってるよ」
絶対、わかってない。
さっきだって、目をそらしてる振りしてどこを見てたんだか。
こっちが気付いてないとでも思ってるんだろうか? 本気で頭が痛くなってくる。
勘違いして変な気を起こさないように、もう一度しっかり釘を刺しておこうと思う。
「ただ雨がすごいから外に出て行きたくないだけなんだから。だって来たときよりいっぱい降ってるから」
「へいへい……わかってるよ……」
貴明はそう答えると、小さな溜息を一つこぼした。
もう……そんなあからさまにがっかりしないでよ……
なんだか、あたしがだましたみたいじゃないの。
でも、あたしはちょっとだけ、貴明にも嘘をついてる。
帰りたくないのは、雨のせいだけじゃない。
この時間ならタクシーだってバスだってまだ出てる。
それに、心配性の姉のためにこの無断外泊のいい訳を用意する労力に比べれば、こんな雨の中自転車で帰ることぐらい苦労でもなんでもない。
だから本気で帰ろうと思えばいつだって帰ればいい。
でも、今は帰りたくない。
さっきの貴明からの電話。
あんなこと言われたの、生まれて初めてだった。
胸がすごくどきどきして、とても明日の朝までじっと待ってることなんて出来なかった。
いまだって、どきどきしてる。
だから、もう少しだけ帰りたくなかった。
この気持ちが治まらないと眠れそうにない。
「雨、すごい降ってるな」
「うん」
「こりゃ、朝までやまないかもな」
「そうだね」
やまなくていいよ。
もう少しだけ降っててもいい。
だって、雨がやんだらすぐに帰らなきゃいけないから。
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