サボテン
     
 「それじゃあ」

 と、たった一言。
 それだけ告げて郁乃はその場を去っていった。俺の返事さえ待つことなく。
 ちなみに、二人だけの時間を過ごしたデートの帰り道でのことだ。
 
 別に怒っているわけでもないはずなのに、郁乃の態度はいつもこんな感じだ。
 そっけないことこの上ない。
 初めてのデートの時でさえそうだった。
 俺と二人きりで過ごしたその日、郁乃は一日中笑顔も見せなかった。
 俺もあの時は、『もう次は無いかもしれない』と勘違いして落ち込んだものだ。
 次の日に、『随分落ち込んでるみたいだけど、どうしたの?』
 そう心配そうに声を掛けてくれた郁乃を見て、随分ほっとしたのを憶えている。
 それからもう三ヶ月ほど付き合っているけれど……
 郁乃のそっけなさはあの頃とほとんど変わることはない。

 別に、冷たい娘じゃないんだ。
 付き合っているうちに、それはなんとなく分かるようになっていた。   
 いいところだって、いっぱいあるし。
 だから別に、もっと愛想よくして欲しいとかそういうことを望んでいるわけではないんだけど……

 でも。
 振り返ることも無い後姿を見送っていると、ときどき少しだけ郁乃を遠くに感じる。
 ちょとだけ……いや、かなり寂しい気持ちになる。
 それも俺の正直な思いだ。 
 


 そんなある日のこと―――


 
 
 初めて女の子の部屋に招待された時、男は一体どんな態度で入ればいいのだろうか。
 正しい答えなどある筈もないのに、ついそんな無意味なことを考えてしまう。
 ドアの前でぼんやりと考え事をしていたせいだろうか。
 気が付くと、郁乃が不思議そうに俺を見つめていた。

「ねえ、 貴明ってひょっとして女の子の部屋に入るの初めてなの?」

 ……そんなこと聞くな。俺に失礼だろう。

「い、いや……まあ、どうだったかな……」
「……ふーん、初めてなのか。そうなんだ」

 煮え切らない俺の様子を眺めて、郁乃は何だか楽しそうに何度も頷いていた。
 ちくしょう。
 このまま言われっぱなしは悔しいな……
 
「いや、女の子の部屋に入ったことぐらいあるぞ。俺だって」
「えー。嘘でしょ。さっきの貴明、そんな風に見えなかったよ」
「う、嘘じゃないって」
 
 一応、このみとかタマ姉の部屋なら……だけど。
 
「そう? そうなんだ……ふーん」

 郁乃は不機嫌そうにそう呟くと……
 むぎゅっ。

「痛っ!! 何で俺をつねるんだよ?!」  
「あたしは男の子を部屋に入れるの、初めてなのに……」
 
 え? そうなの?

「え、えっと……あの……俺、ほんとは……」
「もういいから。ほら、入って」
「は、はい……」

 郁乃に押し込まれて部屋の中に入る。
 六畳くらいのこじんまりとした部屋だった。
 窓際のテーブルや勉強机に小さな鉢植えがいくつも置かれているのが目に入った。
 それ以外には無駄を感じさせない清潔感のある空間だ。
 なんとなくだけど、郁乃の居場所だと納得させられる景色がこの部屋にはあった。

 そして、この部屋の主は部屋のベット腰掛けて俺のことを睨んでいた。
 まだ機嫌が悪いらしい。困ったな……

「…………」
「…………」

 二人きりの空間に続く無言。
 気まずい。
 その気まずさに負けて、彼女から視線を外す。
 招待してくれた部屋の主が黙り込んでしまうと、客としては非常に居心地が悪い。
 どうにかしてこの場を和ませるような話題を探そうと思って、部屋の中を見渡してみる。
 戸棚のCDも文庫本も、俺の趣味とは違うようだ。
 名前を知っているものは一つも見つからなかった。
 ふと、さっき見た鉢植えが視界に入る。
 
「あ、あのさ。鉢植え、育ててるんだな」
「えっ? うん……」
「これ、何の花?」

 なんとなく、その鉢に手を伸ばす。 
 と、
 それを遮る手があった。

「駄目だよ」
「え?」

 無造作に手を伸ばそうとした俺を突然押さえたのは、郁乃のちいさな手だった。

「駄目だよ。危ないから」

 郁乃はそう言った。まるで子供を優しく叱る母親みたいな口調だった。

「え? あ、あの? 何??」

 しかも、郁乃の手はまだ俺の手をそっと握ったままだった。
 その状況と郁乃の言葉の意味に、俺は少々混乱してしまう。

「それ、サボテンだよ。素手で触ったら危ないから」
「サ、サボテン?」
「うん」
  
 なるほど、よく見てみるとこれはサボテンだ。
 色とりどりの鉢に植えられているのは小さな小さなサボテンだった。
 あまりに小さくて気が付かなかったのだ。

「そっか。サボテン、育ててるんだな」
「そうだよ。悪い?」
「いや、別に悪いなんて言ってないだろ……」

 そんなに睨むなよ……
 それにしても、みごとにトゲが生え揃ったサボテンだ。
 なりは小さいけど、うかつに触れると痛そうだ……って、なんだか誰かに似てるかも。

「なによ……?」
「いや、なんでもないぞ」

 ペットは飼い主に似るっていうけどな……植物でもそうなんだろうか?
 そういえばサボテンを部屋で育ててる女の子って結構多いよな。
 どうしてこんな危険なものをわざわざ好き好んで育てるんだろうか?
  
「なあ。サボテンのどういうところが好きなんだ?」
「そう言われると難しいけど……」

 そう言って、サボテン好きの女の子は小首を傾げて考え込んだ。
 心なしか、その瞳がいつもより生き生きしているように見える。 

「なんかね、サボテンっていろいろ手間がかかるの。そこがなんだか可愛いっていうか」

 ……それが可愛いのか?

「手の掛かる娘ほど可愛いっていうのか? でもサボテンって砂漠に生えてるんだから、ほっといても枯れそうに無いけどな」
「そうでもないよ。結構大変なんだよ。いろいろと」

 『何も知らないんだね』と、郁乃は言った。
 その顔は、やっぱりいつもより楽しそうに見える。
 こんなに楽しそうに話す郁乃を見るのは、もしかしたら初めてのことかもしれない。

「それにサボテンって花が咲くんだよ。結構綺麗な花なんだよ」
「花かあ。そんなの見たことないなあ」
「普通は見れないよ。サボテンの花って多くても一年に一度しか咲かないし、咲いても三日ぐらいで枯れちゃうから」
「そりゃあ滅多に見れないな……」

 一年育てても三日しか咲かないのか。本当に難儀な植物だな。
 しかし、そんなサボテンを一生懸命育てているなんて、意外と郁乃って可愛いかもな……

「でも、滅多に見れない花だから、心に残るんだよ。一生懸命育てて、やっと花が咲いてくれるとすごく嬉しいよ」
「そうか、見てみたいなあ」

 郁乃の嬉しそうな言葉に引っ張られるように、ついそう呟いた。
 サボテンのことを説明する郁乃は、いつになく一生懸命で、子供みたいに素直で。
 なんだか見ていて微笑ましかった。
 植物にあまり興味があるわけではないけど、もし郁乃と一緒に見ることが出来たら、きっと楽しいだろうな。

「なにニヤニヤしてるの?」
「いや、なんでもない。そんな花見てみたいなって思って」
「そう?」 

 まあ、嘘ではないよな。 
 サボテンのお陰で郁乃の機嫌も直って、それどころか郁乃はいつもより楽しそうで、それが可愛くて。
 だから、そんな郁乃と二人きりで過ごす時間はとても楽しい時間だった。

 そして。
 そんな暖かな時間の中で、その日俺と郁乃は初めてキスをした。








「待って、貴明」

 さすがにもう帰らなくてはいけない時間だった。今日は格別に別れが名残惜しいけど。
 だが、玄関口まで俺を見送りに来てくれた郁乃が突然俺を呼び止めた。 

「すぐ持ってくるから、ちょっとだけここで待っててね」
「持ってくる? 何を??」
「いいから。待ってて」

 郁乃はそう告げると、俺の返事も聞かずに駆け足で二階へと向かってしまう。
 当惑しつつも少し待つと、やがて小さな手提げ袋を持って戻ってきた。

「これ、あげる」
「あげるって……これって、さっきのサボテンだよな」

 手提げ袋の中に、さっき見た鉢植えが顔をのぞかせている。
 それと、飼育用の道具もいくつか。
 俺にこれを育てろって言うのか?
 何で俺に? 何でサボテンなの?

「だって、興味あるんでしょ? サボテン。なんだか楽しそうに聞いてたし」

 楽しんでたのは郁乃の嬉しそうな顔を見ていたからなんだけどな……
 でも、そんな恥しいこと言えないし……
 
「ああ。まあ、興味は一応あるけど」

 そう答えておいた。まあ、嘘ではないし。

「育て方、教えてあげるから。やってみたら?」
「俺に出来るかなあ……」
 
 正直とても不安だった。
 郁乃が大切に育てていたサボテンだ。
 俺が預かって枯らしてしまうわけにもいかないだろう。
 でも、植物を育てた経験なんて俺にはほとんど無い。

「大丈夫。一番丈夫なサボテンを選んであげたから。もし一年ぐらい水をあげなくっても、枯れたりしないよ」

 ふむ。それなら俺でも出来そうだ。
 でも、いいのかな……
 
「本当に、俺が貰ってもいいの?」
「うん。えっと、今日のお礼……だから」 
「お礼って、何の?」

 俺がそう聞き返すと、郁乃は途端に赤くなって俯いてしまった。
 
「……ばか……」
「え?」
「……そんなこと、聞かないでよ……」

 え? 何で照れてるの??
 ……ひょっとして、これはキスのお礼ってこと?
 だったら、受け取らないわけにはいかないよなあ。

「じゃ、じゃあ、ありがたく頂いておくよ」
「大切にしてね。あたしのお気に入りの子なんだから」
「うん。郁乃だと思って大事に育てるから」
「……それはなんだかなあ……」

 郁乃は俺の言葉に困ったように微笑んだ。

「そうだ。このサボテン、『いくのん』って名前にしよう」
「ちょ、ちょっと。変な名前つけないでよ」
「いい名前じゃないか。これからよろしくな、いくのん」
「もう……」



 ――郁乃が大切に育てていたサボテンを、俺に譲ってくれた。
 そのことには大きな意味があるんじゃないか、というのは後で気が付いた。
 でも、それがサボテンだぞ? やっぱり郁乃って、ちょっと変わってるよな。




 そのサボテンは、俺にとって結構大切なプレゼントになった。
 サボテンの世話も案外楽しかったけど、でもそれ以上に嬉しいことが一つあった。

『育て方とか、聞きたいことがあったらいつでも電話してね』

 サボテンをくれるとき、郁乃は俺にそう言ってくれた。
 そのことが、俺にとって一番嬉しいことだった。
 今までなんとなく何かに遠慮している気持ちがあって、なかなか電話できなかったのだ。
 でもその日からは、俺は毎晩郁乃に電話するようになった。

「よう、郁乃」
「どうしたの? 貴明」
「いや、ちょっと『いくのん』のことで聞きたいことがあって」
「いくのんって……貴明、本当にサボテンのことその名前で呼んでるの?」
「そうだけど?」
「恥しいなあ……やめてよね」
「あはは。まあまあ、いいじゃないか」

 もちろん、そんな名前で呼んでるなんて嘘だけど。
 ちょっと郁乃をからかってみたかっただけだ。

「サボテンが全然育ってくれないんだよ。あれから随分経ったのに」

 あれから三ヶ月も経っている。でも小さなサボテンは郁乃に貰った頃時とほとんど同じ大きさだった。
 全然育っていない。 

「そのサボテンって、成長が遅いから。時間をかけて気長に育てないといけないのよ」

 成長が遅いか。
 まるで誰かさんみたいだな。
 やっぱり飼い主に似るんだろうか?

「何か言った?」
「何でもない」

 この心の声を聞かれたら、殴られるどころでは済まないだろうな。

「でも、頑張って育ててくれてるみたいだね」
「ああ。最初はなんか怖いと思ったけど、慣れてくるといくのんの世話も結構楽しいな」

 それも誰かさんと一緒かもな。

「……ねえ。その名前、わざとやってるでしょ?」
「なんのことかな?」

 もちろんわざとだけど。



 そんな電話でのふざけあいが毎晩繰り返されて。
 いつからだろうか。だいたい決まった時間になると、郁乃の方から電話が掛かってくることが多くなった。
『貴明は、時間にちょっとルーズだから』
 彼女はそう言ったけど、もともと電話の時間なんて決めてなかったはずなのにな……
 まあ、なんにせよ嬉しいことだ。
 

 そういう変化は、電話に限ったことじゃない。
 俺は以前よりずっと郁乃と親しく話せるようになっていた。
 小さな……たぶん、本当に小さな違いなんだろうけど。
 ちょっとだけ、郁乃は変わったと思う。
 俺もちょっとだけ変わったかもしれない。
 たったそれだけで毎日がこんなにも違うのは……ほんとに何故なんだろうか。


 そんなある日のことだ。

 その日は突然の大雨。
 買い物から急いで帰って来た俺は、午前中かけてせっかく干しておいた洗濯物を慌てて取り込んだ。 
 まったく、災難だなあ……
 そうだ、サボテンもちゃんと濡れない場所に動かしておこう。 
 ベランダの隅に置いてあったサボテンを室内に運び込んでおく。  
 郁乃から貰ったサボテン。
 やっぱり今でも全然育っていない。
 もともとそういうものらしいけど。

「これじゃあ、花が咲くのはいつになることやら……」
  
 俺はその小さなサボテンを眺めながら、なんとなく郁乃のことを考えていた。
 いつもそっけないけれど、笑うとすごく可愛い女の子。
 サボテンの花は滅多に見られない。
 だからこそ、心に残る美しい花だと郁乃は言った。
 俺もそう思う。
 滅多に笑ってくれない郁乃が笑うと、本当に嬉しい。
 だから、そんな笑顔がいつまでも忘れられない。

「なんか、郁乃の声が聞きたいな……」

 ふと時計をみると、思ったよりも遅い時間になっていた。
 そろそろ郁乃に電話しようかな……
 そう思っていたら、電話の方が先に鳴った。
 2コール目で受話器を取った。

「はい。河野です」
「こんばんは。小牧郁乃と申します。夜分失礼ですが、河野貴明さんはいらっしゃいますか?」
 
 相変わらずの郁乃の挨拶が受話器の向こうから俺の耳に届く。
 この家には俺しか居ないとわかってる筈なのに、郁乃はいつも電話では真面目に挨拶する。
 まあ、そういう娘なんだよ。彼女は。

「俺だよ。郁乃」
「分かってる。何してたの?」
「いくのんの世話してた」
「もう……またその名前……」

 電話の向こうで、郁乃が溜息をついたのが分かる。

「あのさあ。ぜったいあたしのこと、からかってるんだよね?」
「なんのことかな」

 俺は平然とごまかした。

「その名前のほうが愛情もって育てられるんだよ」
「……そんなのやだ」

 そんなのやだ、だって。
 ひどいなあ。
 そこまで嫌がられると、ちょっと悲しいよな……
 冗談として言ってることではあるけれど、全部が嘘ってわけでもないし。
 いや。最初は冗談でしかなかったけど、自分の中で結構本気になりつつあるよな……最近は。
 郁乃に本気だって告げてみたらどうなるんだろう?
 ヤバイと思ったけど、どうしても試して見たくなった。

「……別にからかってるってわけでもないぞ」
「え?」
「俺は結構本気で言ってるし」
「ちょ、ちょっと……どうしたのよ? 変だよ、貴明?」

 おお、動揺してるな。さすがに。

「え、えっと……貴明がサボテンに本気になったってこと? そんなに好きなら抱いて寝たら」

 サボテンを抱いて寝ろだって??
 ひどいこと言うな、郁乃は。
 でも電話口の向こうから届いてくる郁乃の声は、明らかに戸惑っていた。
 きっと真っ赤になって受話器を握っているに違いない。
 そんな郁乃のことを想うと、心の中に何かこみ上げてくるものがある。
 最近郁乃と一緒にいると時々そんな気持ちになる。
 それは、俺が郁乃に会うまでは知らなかった気持ちだった。
 その気持ちに押されるままに、俺は言った。



「サボテンじゃなくて、郁乃のことを抱きしめたい」
「…………」
「今、俺は本気で可愛いと思ってるから。お前のこと」
「…………………………」
 


 返事は無かった。
 ややあって、『がちゃん』と電話が切れた。
 いや、切られた。




 その後。
 正直、やりすぎたかな、と俺は後悔していた。
 未練がましく電話の側で待ってみたけど、それきり電話は鳴らなかった。
 ちょっと言い過ぎたかな……
 まあ、明日会ったら謝っておこうかな……でも謝るなんてなあ……
 それとも後でもう一度電話してみようか……
 夕食の支度をしながら、そんな風に悶々と考えを巡らせていたときだった。 

 ピンポーンと、玄関のベルが鳴った。
 誰か来たのか?
 この大雨の中、一体誰だろうか?
 不思議に思いながらもドアを開けると……

「い、郁乃……?」

 そこにはずぶ濡れになった郁乃が立っていた。
 声をかける間も無いまま、俺はいきなり殴られた。



 
 バスタオルとワイシャツ。
 シャワーから上がった郁乃が、今身体に身に着けている衣類はそれだけだ。

 なにしろ、ひどい大雨だったのだ。
 郁乃の衣類は乾燥機の中に全て放り込まなきゃいけなかった。
 そうするしかなかったんだ。
 ……ただそれだけだぞ。本当に。

「寒くないか? 郁乃」
「うん、平気」

 バスタオルで――身体に巻きつけてるやつとは別のタオルで――濡れた髪を拭きながら郁乃は答えた。 
 今の郁乃は随分素直で大人しい。
 ついさっきまで……玄関のドアを開けた俺に噛み付き、殴り、あれこれと騒いでいたのが嘘のようだ。

「……つまりさ、お前はこの雨の中、俺を殴るためだけに家まで自転車で来たのか」
「そうだけど」

 まじかよ。
 そんなことのために雨の中ここまで来たのか?

「お前、もうちょっと身体に気を遣えよ……」

 退院したって、普通の身体とは違うんだからな、と俺が少しきつめの口調で釘を刺すと、郁乃はすねたようにそっぽを向いた。

「……だって……貴明があんなこと言うから……」
「え?」
「あんなこと言われたら、じっとしてられないじゃない……」
「……あんなことって?」
「ほ、本気で好き、とか……」
「…………」
「電話で、あんなこと言わないで……」
 
 そう言って。
 郁乃は頭を拭いていたタオルに顔を埋めてしまった。

『電話で、あんなこと言わないで』
 郁乃はそう言った。
 それだけで、郁乃が来てくれた理由がなんとなく感じられる。
 この雨の中を、わざわざ家まで俺に会いにきてくれたんだよな?
 電話じゃなくて。

 タオルに顔を埋めて照れている郁乃を見ていると、なんだかさっき感じた気持ちがまた湧き上がってくる。
 俺は言った。

「なあ郁乃。今日うちに泊まっていかないか? 俺の家、今は両親居ないんだけど……」

 ……もう一発殴られた。






 でも。その後で、意外にも郁乃はその晩泊まっていくと言い出した。

「だって、雨がいっぱい降ってるから」
「理由、それだけ?」
「そうだよ?」

 ……まあ、いいけどさ。それでも。
 


  おまけ・郁乃の気持ち

           上に

   以上が『サボテン』です。読んで下さった方が居ましたら、ありがとうございます
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