
それは俺たちが三年生となり、卒業式を終えたその日のことだった。
今、俺と愛佳は二人の思い出の書庫にて雑談しつつゴミ集めをしている。
いつもは片付いている書庫だが、今日はお菓子の袋やジュースの空き缶が無数に散らばっていて、ある意味壮観だった。
「あいつらも散らかしておいて、さっさと帰りやがって……」
「まあまあ、みんなわざわざ手伝いに来てくれたんだし……」
散らかった缶や袋を片付けながら愚痴る俺に対して、 愛佳はいつものように穏やかに微笑みながらごみを集めている。
そりゃ、確かにみんなは卒業式の後片付けの手伝いに来てくれたけどさ。
ちなみに、みんなというのは由真・郁乃・雄二・このみの四人である。
もともと後片付けの仕事は三年生になっても予想通り委員長に選ばれた愛佳と、彼女の側に居たくて副委員長に立候補した俺とが引き受けた仕事だった。
そこで、話を聞いた由真達が手伝いに来てくれたのである。
とはいえ、四人の本当の目的は卒業の打ち上げ会を開くことだったようだ。
その証拠にみんな飲み物やお菓子を持ち込んでいた。
愛佳は宴会場としてこの書庫を提供した。
そして俺たちは受け取ったばかりの卒業アルバムをめくりつつ、飲み食いしながら思い出話に花を咲かせていたのだった。
ついさっきまで。
すでに四人は『あとは若い二人におまかせして……』とかいう言葉を残して去っている。
余計なお世話だ……いや、そうでもないか。
みんなと騒ぐのもいいが、やはり最後の時間は二人だけで過ごしたい。
「愛佳、悪かったな。このみや雄二まで呼んで秘密基地で騒いじゃって」
「ううん、私も楽しかったよ。それに、もう私達だけの秘密基地じゃないし」
俺の謝罪に対して、愛佳は少し慌てた感じで否定した。
「確かにここにもいろんな奴が来るようになったもんな……」
俺は愛佳の言葉に答えながら、この書庫に、いろんな人が集まるようになった経緯を思い返していた。
忘れもしない二年生のあの日、 俺と愛佳とがずっと大事にしてきた書庫は撤去され、当初の予定通り貸し出しCDの並ぶ棚となった。
悔しかった……。
二人が積み上げてきた大切な思いまで踏みにじられた気がして。
俺はその日、泣いている愛佳を抱きしめて、初めてのキスを交わした。
しかし俺達にも希望はあった。
図書委員が購入できたCDは予定よりも少なかったのだ。
なんでも昨年の生徒会が無駄に予算を使いすぎたらしく、どの委員会もかなりの費用削減を強いられた。
それは図書委員会も例外ではなかった。
書庫にいくらかのスペースが残ることを知った俺と愛佳は、すぐに行動を開始した。
由真も応援してくれたし、このみや雄二は署名集めまでしてくれた。
図書委員の中にも愛佳に好意的な生徒がいて、口添えしてくれた。
みんなの協力のおかげで、小さくなったけど以前の書庫を残すことができた。
愛佳と俺は感謝の気持ちも込めて、この書庫とCDのバーコード管理を引き受けた。
「こうして愛佳は再びこの書庫のヌシとして返り咲いたわけだ」
「ヌシって言わないでよぉ……」
そして書庫にはいろんな生徒が訪れるようになった。
勿論、今まで鍵の架けられていた書庫が開放され、CDの貸し出しが始まったからではある。
でもそれだけじゃない。
愛佳はお世話になったみんなのために、時々ここでこっそりとお茶会を開いた。
そして静かだった図書室に、いろんな生徒が訪れるようになった。
それは愛佳の世界が広がったことも意味していた。
二人だけでちいさな書庫を秘密基地としていた、他人の手助けを拒んでなんでも自分でやろうとしていたあの頃の愛佳とは、何かが変わった。
あの、五月の青空にみんなからの桜が舞ったあの日から。
なんだか”俺だけの愛佳”が少し奪われたみたいで微妙にさみしい。
けど、やっぱり好きな人にはもっと幸せになって欲しいもんな。
「私、書庫が取り戻せたことだけじゃなくて、みんなが手伝ってくれた事が本当に嬉しかったの」
「みんな愛佳が好きなんだよ。もちろん一番好きなのは俺だけど」
「うん……ありがとう……。」
頷いた愛佳がかすかに涙ぐんでいるようだった。
「やだ……卒業式でも泣かなったのに……今ごろになって」
そう言って慌ててハンカチを探す愛佳。だが慌てる愛佳が探し物を見つけられる可能性は低い。
「愛佳はのんびり屋さんだから、泣くのも遅いんだよ」
「……そんなことないよぉ」
先にハンカチをみつけて差し出す俺に、愛佳は照れながらもそう答えたのだった。
とはいえ、ここに訪れたお客様のなかで一番大切にされていたのは、やはり俺……ではないかもしれない。
「郁乃が来ると、明らかに対応が違うんだよな……」
「や、そんなことないよぉ……」
またしても否定する愛佳だが、実際その熱烈歓迎ぶりはすさまじい。
郁乃が初めて学校に登校してきた日、愛佳と俺は郁乃をこの書庫に招待した。
そのときの愛佳の喜びようといったら……
「嬉しくてしかたがないって感じだったよな……」
愛佳は郁乃を一番大きな椅子に座らせ、テーブルにたくさんのお菓子を並べた。
なんとケーキまで用意していた。
まあ、ずっと郁乃にこの書庫を見せたかったわけだから、当然なんだけど。
しかしなあ……
「郁乃が来るまでは、キャラメルタルトなんて絶対に出てこなかったよな……」
「ご、ごめんなさい〜〜」
いや……食べ物の恨みは恐ろしいよ?
その郁乃だが、さすがに姉の熱烈歓迎は敬遠しつつも図書室にはよく訪れる。
「私、”視力が戻ったらたくさん本を読もう”ってずっと決めてたから」
日々病院通いという生活だったためか、視力が落ちるまでは本の虫だったらしい。
入学してからは、今までの分も取り戻すかのように図書室の本を読みまくっている。
俺にも貸し出しカードを作らせ、その枠まで利用するほどだ。
しかも、俺を平気で荷物もちに使いやがる。
おかけで幾度愛佳の家まで大量の本を運ばされたことか……本ってやつは重ねると重いんだよ……
まあ、そんな用事でも無いと、なかなか愛佳の家にはお邪魔できないけどな。
おかげでいろいろとおいしいことも……
いや、おいしい食事を頂いた事もあるってことだよ、ほんと。
そんな郁乃は文芸部に所属している。
基本的に読むだけの姉とは違い、執筆活動にも精を出しているらしい。
どんな物を書いているやら。
ぜひ読んで笑ってやりたいが、郁乃から、”読んだら殺す”と釘をさされている。
興味が無いわけでもないが、こいつを敵に廻したくないし……
「郁乃ってすごく感性が鋭いの。将来は小説家とか、詩人になれるかも……」
「そこまで言うと、姉っていうより親バカだよな……」
愛佳の、妹への愛なんだか本気なんだかわからないその言葉に対しては、 俺も苦笑するしかなかった。
郁乃を敵に廻したくない理由はいくつもある。
”愛佳の妹”ってだけでも理由としては十分すぎるほどだが、一番の理由はあの修学旅行の事件を郁乃に知られていることだ。
俺は、ふと気になった事を愛佳に尋ねた。
「あの事件のこと、郁乃に教えたのって愛佳なのか?」
「ち、違いますっっ!!あれは由真が……」
またしても慌てて否定する愛佳。
少し怪しいが、あの事件は愛佳にとっても知られたくない事件のはずだしな……
それは思い出すのも恥かしい、二年の修学旅行当日の事件だ。
あの頃の俺にはちょっとした悩みがあった。
書庫の件や、郁乃の件やらで愛佳と一緒にいる時間は増えた。
もちろんそれだけでも楽しい毎日だけど、書庫の件が解決して以来、二人の恋愛には進展が無かった。
もともと恋愛には奥手の俺たちだから、なにかきっかけでもないとなかなか進まないのだろう。
焦った俺は、修学旅行の自由時間を利用して愛佳に正式に交際を申し入れることにした。
思えば、それまでは事件に流されて来ただけであって、ちゃんと告白も済ませてない。
そして修学旅行当日、俺は愛佳と二人きりになることに成功し、無茶苦茶に緊張したが、予定通りに告白できた。
俺は頑張った……というか、頑張りすぎた。
その日、不自然に集団から離れていく俺と愛佳を密かに追跡していたのが由真だ。
由真は俺と愛佳の告白劇の一部始終を物影から見守っていたらしい。
恐ろしいことに、写真まで撮ってやがった。
後日、その由真が俺の告白を見た感想をこう述べている。
『あんたのあれ、告白じゃなくて、プロポーズだと思う……しかも、すごいやつ』
それ以来、この件をネタに俺は由真と郁乃にしょっちゅうからかわれたり、あるいは写真の公表をほのめかし、理不尽な仕事を押し付けられたりしてきたのだった。
「それにしてもあれはやりすぎたなあ……」
俺は若く、そして無謀だったあの頃を思い返しつつ、そう呟いていた。
そんな俺の様子を見守っていた愛佳だったが、不意にかしこまった様子で俺に尋ねてきた。
「あの、たかあきくん…お願いがあるんだけど……」
「何?」
「あの時言ってくれた言葉、もう一度聞かせて欲しいな……」
「な、なんですとぉ〜〜!!」
思わず俺は叫んでしまった。あの日のことは二人の間では禁句としてきたはずだ。
「や、あの、無茶なお願いだってことはわかってるけど……私、やっぱりうれしかったし、今日卒業式だし、できたら聞かせて欲しいな……」
愛佳は恐縮しているらしく、だんだん小さな声になってしまう。
しかし困ったな…愛佳がこんなことお願いするのは珍しいし、卒業式だし……
男としては答えてあげたいけど……
いや、言いたくないとかそういうものじゃないんだ。
言えないって、あんな言葉……。
一生に一度で精一杯だよ、ほんと。
でも、なんか愛佳が泣きそうな目で俺を見てるし、どうしようかな……
「じゃあさ、俺もあの時の言葉を言うから、愛佳もあの時の返事で返してくれる?」
「ええっっ?!あ、あの時の、私の返事、だよね……」
「そ、そう。愛佳の返事」
「え、ええっと……(赤面)」
「…………」
「た、たかあきくん。そろそろ帰ろうか!」
愛佳は思い出したようにそう言うと、急いで荷物をまとめ始めた。
逃げたな、こいつ……
まあ、俺の告白もかなりすごかったが、それに対する愛佳の返事も、負けず劣らず、すごかった。
そういうことだ。
片付けも終え、書庫に施錠して、俺と愛佳は校門への道を歩く。
今日でこの学校ともお別れなんだな……
ふと、もの悲しい気持ちに襲われた俺は愛佳に手を差し出して呼びかけた。
「愛佳」
「うん」
答えて手を差し出してくれる愛佳。
二人で手を繋いで下校する。
まだ少し恥かしいけど、今ではこんなふうに自然に手を繋ぐことができる。
でもこうなるまでが、大変だった。
帰り道で愛佳と手を繋ごうと行動したのは、二年の秋くらいからで、勿論その前からずっと繋いでみたいと思っていた。
以前にも愛佳と手を繋いだことはあるけどさ……
それは恋人の練習とか、緊急事態とか、どこか言い分けじみた部分があって。
やっぱり、純粋に恋人みたいに……っていうのはなかったし。
学校からの帰り道とか、俺と愛佳は遅くなる事が多いから、人目はそう多くはない。
でも人がいないわけじゃない。
そんな中を二人で手を繋いで歩くなんて……
これはある意味、二人でこっそりキスするよりもすごいことですよ?
だからそんなに簡単にできるわけじゃない、でもやりたいな……
そんなふうに悶々としていたわけだ。
そして俺は最も人の気配が少なくなる土曜日の帰り道に、それを実行に移した。
しかし、手を繋ぐ直前に、偶然通りかかった雄二に目撃された。
雄二は状況を察して、軽い挨拶とともにすぐ立ち去ってくれたが、それでも俺たちのショックは大きかった。
それからは愛佳と顔を合わせることさえ恥かしくて。
愛佳のほうもそれは同じで、二人してお互いに気を使って、どんどん気まずくなっていった。
そんな時、助け舟を出してくれたのは郁乃だったな。
郁乃がいよいよ退院がきまり、同時に学校に初登校する前日になって、 俺と愛佳は病室に呼び出された。
郁乃は俺たちが気まずくなっているのに気付いていた。当然だけど。
「貴明、あんた、家の姉になにしたわけ?」
「ちがうの、たかあきくんは悪く無いの……ただ……」
「いや、俺がふがいないから……」
二人してはっきりしない俺たちに、郁乃はため息をついた。
「別に二人が別れてもいいけど、私は。でも気まずいのは嫌。こんな雰囲気で明日から一緒に登校するなんてごめんだから。」
さらに、郁乃は俺たちの反論を許さず、一言で切って捨てた。
「形だけでもいいから、仲直りして。」
かくして俺と愛佳は郁乃に指令をうけて、病院の入り口に立っていた。
指令とはこの病院前からバス亭までの道を手を繋いで歩くこと。
振り仰ぐと、二階の病室から見張っている郁乃の姿が見える。
向こうからもはっきり見えるだろう。つまり、逃げ道は無い。
いや、もともと逃げたくなかったんだ。ただ覚悟が足りなかった。
俺はここに来てから俯いたままの愛佳に声をかけた。
「愛佳…ここ最近は嫌な思いをさせてすまなかった。」
そして愛佳からの言葉が返る前に自分の言葉を続けていった。
「でも、俺はそれでも愛佳と手を繋いで歩きたいんだ。断られても仕方ないとも思う。
でも、愛佳が手を繋いでくれたら、すごく嬉しいんだ」
俺はそう言って手を差し出した。
そのまま、少しの間沈黙があって……
差し出した俺の右手があたたかい感触に触れた。
そして俺と愛佳は軽く手を重ねたままで、バス停までの道のりを歩いた。
恥かしくて、お互いに言葉も無いまま歩きつづけた。
手は少し触れているだけだったけど、冷たくなった秋の風の中で、そのぬくもりは鮮やかだった。
そして、道のりの半分くらい、三丁目の自然公園に差し掛かったとき――
触れていただけの愛佳の手が、優しく俺の手を握り返してくれた。
――俺はあの日の喜びを、今でも忘れない。
校門の桜の木はもうつぼみを付け始めていた。
その近くまで歩いて来たとき、俺は愛佳が振り返って校舎を見つめている事に気付いた。
俺も立ち止まって一緒に校舎を見つめてみる。
こうしていると、学園生活のさまざまな思い出が浮かんでくる。
愛佳と初めてのバレンタイン。三年生も同じクラスになれて、嬉しくて抱き合ったこと。
学園祭では愛佳とフォークダンスも踊ったよな。
やっぱり愛佳との思い出ばかりだな……
そう考えていた俺の耳に、愛佳が校舎に別れを告げる呟きが聞こえてきた。
「さようなら……大切な思い出と、一番大切な人を……ありがとう……」
上に
以上が『卒業式の後で』です。読んで下さった方が居ましたらありがとうございます。
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