
何度見直しても結果は変わらなかった。
それは当たり前のことではあるけど、残酷な現実でもある。
この小さな紙片が、みすぼらしい結果が、俺のこの数ヶ月の奮闘の結末か……
「はあ……」
つい、ため息がこぼれてしまう。
模試の結果、あんまり良くなかった。
「結構頑張ったのにな……」
大学入試を控えて勉強に打ち込み始めた俺を郁乃も応援してくれている。
それなのに……顔向けできないなあ……
これから郁乃のところに行って、報告しなきゃならない。
俺は、もう一度ため息をついてから、病院に向かった。
恋人の元へ向かうのが、こんなに気乗りしないのは初めてだった。
郁乃と付き合うようになってからもう一年近くになる。
初めて出会ったのは郁乃が学校に通うようになってからのことだから、病院での彼女を俺は知らない。
やっと元気になれたのに、再入院で、落ち込んでなければいいけど。
病室のドアをノックする。
「郁乃。入っていいか?」
少し間があってから、「いいよ」と返事があった。
念のため、一呼吸置いてから、扉を開ける。
「よう、郁乃。調子はどうだ?」
「ん……もう来たの? 貴明」
病室の郁乃はベットからからだを起こしてこちらを向いた。
ついさっきまで横になっていたようだ。
(まだつらいのかな、郁乃……)
郁乃は勤勉だ。
いつも時間があればノートや教科書を開いて、遅れていた勉強を取り戻そうと頑張っている。
だが、今はベットに備え付けられた机も引き出されていない。
いままで横になっていたということは、まだ少し身体が重いのかもしれない。
「大丈夫か?」
「うん。平気」
そういう返事しか返ってこないって、わかっていてもつい尋ねてしまう。
たとえ平気じゃなかったとしても、郁乃は俺には平気だとしか言わないだろう。
この夏、ちょっと体調を崩した郁乃は、いま病院に入院している。
今年は猛暑だったし、郁乃は頑張っていろんな行事に参加していたから疲れが出たのだろう。
手術で体力が戻っても、急に元気になれるわけじゃない。
退院したばかりの頃は、郁乃は無理しすぎて体調を崩すことが多かった。
それでも最近はそんなことも少なくなって、これで一安心と胸を撫で下ろしていたものだ。
でも,その矢先に今回の再入院だ。
郁乃だって、無理をしてはいけないと分かっているんだろう。
それでも、学校や日々の生活での時間は、郁乃の都合に併せてくれるわけではない。
きっと、いろんな苦労があるんだろうな……
「貴明、試験の結果はどうだった?」
いろいろ考えていた所を、引き戻される。
「あ、いや……」
「……その様子だと、あまり良くはなかったみたいね」
「……ごめん……」
「謝られても困るけど……」
郁乃は困ったように微笑むと、「ん〜〜」と寝起きの猫みたいに背筋を伸ばした。
こういうしぐさって、ほんと子供っぽいよな……。
と、郁乃に睨まれた。
おっと。にやにや見てると、また噛み付かれるかもしれないな。
……うん、噛み付くんだよ。郁乃は。俺に。がぶっと。
信じられるか? 恋人に噛み付くんだぞ?
「せっかく入院してるんだから、狂犬病のワクチンでも、郁乃に射ってやろうかな……」
「いいよ。先に貴明を去勢してからなら」
こ、こわっ。
「そんなことよりほら、成績表見せてよ。持ってきてるんでしょう?」
「へいへい……」
しぶしぶと成績表を手渡す。
「ふーん……でも、少しは上がってるよね?」
「少しはな。でも、目標には程遠いよ」
「そんなの当たり前でしょ。今までさぼってたんだから、急にいい結果が出るはずないじゃない」
そりゃそうだけど……
俺にしては、頑張ったつもりなのにな……
この程度なんて納得出来ない。
郁乃はこんなにも頑張っているのに、俺ときたらなんて情けないものだろう。
そして、こんなふうに見栄を張ってしまう自分自身も。
「ふう……」
またため息をついてしまう。
「貴明、なんか疲れてない?」
「少し……」
今月末には期末試験だし、睡眠時間は削っている。
受験生だからしかたないけど。
「あんまり無理しても、いい結果は出ないよ」
「わかってるよ……」
わかってるけど……そんなにのんびりともしてられないよ……
目標は遠い。
「ごめん、郁乃。今回はやってみせるって言ったのにな」
「だから、謝られても困るよ……」
「そうだな、愚痴っぽくなって悪い」
「だ、だからさあ……もう。困ったなあ……」
駄目だな……
こんな気持ちじゃ、なにを言っても愚痴みたいになる……
今日はもう帰るかな……
「あの……郁乃、」
「ねえ、貴明こっちに座って」
「え? もう座ってるけど?」
「椅子じゃなくて、こっち」
郁乃は自分の隣をぽんぽんと叩いた。
「な、なんだよ……」
不思議に思いつつ、ベットに腰掛ける。
「貴明……」
郁乃の手がすっと伸びてきて、俺の頭を抱き寄せた。
「えっ……?」
戸惑っているうちに、しっかりと胸に抱き締められてしまう。
「お、おい郁乃……」
「ちょっと、くすぐったいから動かないでよ……」
やわらかな腕の中に抱きしめられている。
そのことに驚きはしたが、恥かしいとは思わなかった。
郁乃の身体は熱く感じられた。
少し熱があるのかもしれない。
それとも……熱があるのは俺なんだろうか?
「嫌なの? 年下で、しかも病弱な女の子に抱きかかえられるなんて。みっともない?」
「そ、そんなことないけど……」
「じゃあ、おとなしくしてなさい」
ちいさな手が俺の髪を優しくなでていた。
そんな郁乃の行為のなかに感じられることは一つ。
彼女が自分を信頼してくれているのだということ。
優しさよりも、そのことに心が溶ける。
「貴明がさぼってるんだったら殴ってあげるけど。でも、がんばってるって分かってるから……」
「……」
「あたしにだって、貴明を支えることは出来るんだよ? ほんの少しかもしれないけれど……」
「……ありがとう……」
「あせっても仕方ないよ、あたしも最近そう思うようになった」
髪をなでる郁乃の手が止まっていた。
さっきまで俺を抱きしめてくれていた郁乃が、今は俺にしがみついているように感じる。
「前に、貴明と同じ大学にも行けるって言ったけど……ごめんね。無理かもしれない」
「郁乃……」
ずっと郁乃に”無理しなくていい”って言ってきたけど、郁乃の口からこう言われるのは、少しだけ切ない。
郁乃からこういう言葉を聞くのは、初めてじゃない。
病院から飛び出して、新しい生活を始めた郁乃は、俺と一緒にいろんなことをやってきた。
一緒に海に行った。
郁乃にとって初めての泊りがけの旅行もした。
はじめて手料理も作ってくれた。
郁乃が今までできなかったたくさんのことをしてきた。
そして……どうしても出来ないことも、たくさんあった。
その度に、一緒に悔しい思いをしてきた。
でも。
「でもね。別にあきらめたわけじゃないし。ただ、もう大学にこだわらないの。だって他にも出来る事はいろいろあるんだって知ったから……」
そんな時間を過ごして、郁乃にもなにか思うところがあったんだろうか。
そうなら、嬉しいと思う。
そういう気持ちをどこかでみつけてくれたなら。
「いつかきっと元気になって、貴明の役にたってみせるから。いろんなことも出来るようになってみせるから。何年も……もしかしたら十年かかるかもしれないけど、いつか必ず」
「待つよ……いつまでも」
俺は郁乃から一度離れた。
そして、今度は俺の胸に郁乃を抱きしめた。
しっかりと、郁乃がしてくれたのと同じように。
「ごめんね、貴明……また、できなくてごめんね……」
「あやまるなよ、郁乃。そのかわり、俺ももう謝らないからな」
「うん……ふたりで、がんばろうね。いっしょに、少しずつやっていこうね」
「ああ。そうだな」
そうだな、郁乃。
今の結果なんて、たいした問題じゃない。
いつかきっと、辿り着ければそれでいいんだ。
たとえそれが長い道のりだったとしても、辿り着けるという自信はあるから。
上に
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