修学旅行の告白事件


 俺たちは歩いていた。少し勾配のきつい、丘への坂道。
 愛佳に『手を引こうか?』と尋ねたが、遠慮されてしまった。
 言い方が少し無愛想だったかな?
 ほんと、俺はこういうことに向いてないよな……
 後からついて来てくれる愛佳は、さっきから押し黙ったままだ。
 今、俺が何処に向かっているか、もう気付いたからだろう。
 何も聞かないでいてくれるのは、ありがたいかもしれない。
 もしも、『たかあきくん、これから何処に行くの?』
 なんて聞かれたら……正直、答えづらい……
 目的地に近づくにつれて、愛佳の緊張が高まっていくのが、背後から伝わって来る。
 いや、俺だって同じくらい緊張してるさ。
 だって、これから俺には大きな仕事が待っているんだ。
 今日は修学旅行の三日目。
 俺は午後からの自由行動を利用して、愛佳と二人で丘の上を目指していた。
 
 話は二ヶ月ほど前にさかのぼる。
 その日も小牧愛佳は相変わらずだった。

「つまり、またやらなくてもいい仕事を押し付けられて来たわけだ」
「や、押し付けられてなんかないよ〜」

 愛佳は慌てて否定するが、怪しいものだ。
 俺と愛佳は教室の机を四台突合せ、その上に書類や資料を並べて作業をしていた。
 いま愛佳が作成しているのは、旅行中のスケジュールや、生徒が持ち込みを許される物品、その他細かい注意事項……
 つまり、一般に『修学旅行のしおり』と呼ばれるものだ。
 もちろん、普通はクラス委員が関わる仕事ではない。

「担当してた生徒が、風邪でダウンしたんだって。締め切りも近いし……後は清書だけだから……」

 愛佳は作業の手を休めることなく、そう説明する。
 ……この生真面目さに付ける薬はないもんかね?
 もしあったら今の愛佳に付けまくってやりたいものだ。
 手伝いたくても、俺には手をだせそうにない仕事だし。

 俺はなんとなくふてくされて、放り出してあった雑誌に手を伸ばした。
 俺たちが修学旅行で向かう先の情報誌。これも、一応参考資料だ。

「自由行動の時間に何処にいくか決めないとな……」

 半ば独り言のように呟いてページをめくる。
 それにしても観光名所って、寺とか神社とかばかりだよな……他のはないのかな……
 そう考えながら読み進めていくと、目に止まった記事があった。
 小さな丘の写真が載っている。でも何にも無い場所だな。
 なんでこんな場所が観光名所なんだろう。

「たかあきくん、あのドラマ見てないの?"幸せの丘”」

 いつの間にか愛佳が俺の隣に来て、雑誌を覗き込んでいた。
 "幸せの丘”は、ひと昔前に流行した恋愛ドラマだ。俺も名前ぐらいは知っている。

「その丘はラストシーンの撮影に使われたの。離れ離れに引き裂かれた二人が再開して、愛を誓い合った場所なの」

 愛佳はこころなしか嬉しそうに説明する。
 ふむ……女の子は、ああいうのが好きだって聞くけど、愛佳もそうなのかな……

「だから、ドラマに憧れて、ここで告白するのが流行ってたんだって」

 それも少し前の話だけどね、と付け加えて愛佳は言った。
 まあ、ドラマにあやかって、即席で運命の恋人になっちゃう気分を味わうわけだ。
 どこかで見かけたような話だけど。

「でも話題性でいえばもう古いよな……観光業者が苦し紛れで今も引っ張ってる感じだ」
「う〜ん、たかあきくんはロマンがないなあ……」

 愛佳は不満げに呟くと、自分の作業に戻って行った。
 そして作成中の『修学旅行のしおり』に自己流のイラストをせっせと書き込み始めた……
 っておい、ご機嫌を損ねたからといって趣味に走らないで欲しい。

「愛佳、ネタは却下だ」

 俺はそう告げて、もう一人の責任者の役目としてしおりの訂正を命じた。

「え〜、これ、可愛くないかなあ?」
「……微妙……」

 それに、可愛かどうかは問題ではない。


 正常な作業に戻った愛佳だが、ドラマについてまだぶつぶつと何か言っている。
 この件について以外と根が深いらしい。ファンだったのかな?
 愛佳が好きなら、あの計画には都合のいい場所かもしれない。
 幸い自由時間に訪れるには程よい場所にある。
 誘ってみるか。さすがに緊張するな…

「愛佳、自由時間なんだけど、二人だけで廻らないか?」
「ええっ!!あ、あたしと?!」

 さすがに驚いた様子で聞き返してきた。
 やっぱり急にこんな事言い出すのは不自然だったかな?
 しかし、ここは何とか押し切りたい所だ。

「俺は班の奴らとは別に一ヶ所だけ行きたい場所があるんだ。できれば付き合って欲しいけど、駄目かな?」
「えっと……そうなんだ……ふうん……」

 そう言い訳を加えてみたが、愛佳の反応は薄い。何事か考え込んでいた。
 愛佳がうつむいて黙り込んでしまったので、俺も不安になってきた。
 情けないが、これは戦略的撤退しかないか……

「他に約束があるならいいんだ、雄二でも誘ってみるよ……」

 適当に都合のいい名前をだして逃げることにする。
 すまん、雄二。名前を借りたぞ。

「えっ?いや、そうじゃないの。ただ…いいのかなって思って……」

 撤退しかけた俺を、愛佳はあわてて追撃してきた。
 どうやら行く気はあるらしい。
 しかし、いいのか、と聞かれても何がいけないというのか。
 我が校の修学旅行の自由行動は五人編成で班を組み、その班で行動する事が義務づけられている。
と、しおりにも今書いていたところだが……
 とはいえ、そう厳密に守るようなルールでもないだろう。
 でも愛佳は真面目だからそういうのが許せないのかな?
 別に偽の駐輪シールを作ろうとした事とか突っ込むつもりはないが。


「そう時間は取らせないつもりだ。その後すぐみんなと合流してもいい」
「えっと……そうじゃなくて、でも、そうだね……うん、うん」

 愛佳は何度も、うん、うん、と頷いていた。よくわからないが、気持ちは決まったようだ。
 だから俺は確認した。

「つきあってくれる?」
「うん」 

 そして、今、俺と愛佳の登っている丘こそが、例のドラマの撮影現場だ。
 愛佳を誘って、二人きりで、告白の名所を目指している。
 それだけで、愛佳も俺の目的をある程度察しているだろう。
 その証拠に、愛佳はさっきから『もしかして……いや、でも……うん……』
 とか、そんなふうにぶつぶつと呟いている。
 もちろん、こうなることが俺の目的だ。
 回りくどいやり方だと思うが、これにも理由がある。
 実のところ、俺は愛佳を告白の対象としては非常に手強い相手だと考えている。
 その最大の理由は、愛佳がいつも肝心な所でボケをかましてくれるおちゃめさんだからだ。
 ……いや、マジですよ?俺は。
 
 想像してみて欲しい。
 俺が勇気を振り絞って告白できたとしよう。
 しかし、そこで愛佳がパニックを起こして現場から逃走したり、 あるいは何度言っても本気だとは信じずに、謝りまくって逃げてしまう、
 などといった結果が今までの俺の経験からも予想できる。かなり高率で。
 そうなったら、俺は修学旅行の忘れられない思い出を一つ増やして帰還することになるだろう…もちろん別の意味でな。
 だから、俺はまず愛佳に直接想いを告げる前に、状況から俺の目的をわかってもらおうと考えたのだ。
 その方がきっと成功率は高い。

 というか、この際成功率の問題じゃないんだ。
 まず、愛佳には俺の気持ちが真剣であるということを確実にわかってほしい。
 これが俺の一番の願いだ。
 愛佳は恥かしいとか、俺を傷つけたくないとか考えて、答えをごまかすかもしれない。
 しかし、俺はそんなことを望んでいない。
 書庫は一部だけど取り戻したし、郁乃は退院して学園で順調に生活している。
 以前のように俺が愛佳を支える必要はもう無いだろう。
 もともと俺は愛佳がほっとけなくて、愛佳は誰かに頼りたくて、 そういう理由があって始まった関係だと思う。
 その理由が無くなりつつあるのなら、今までのようにはいかなくなる時がきっと来る。
 だから、俺の気持ちが単なる同情なのか、愛佳の気持ちが単なる依存なのか、そういう曖昧だったことをはっきりさせなくちゃならない。
 それがはっきりした時、俺は愛佳にとって必要な男ではないかもしれない。
 でも、そうならそうで仕方ないことだ。先延ばしにしても意味が無い。
 俺は、愛佳のお荷物にはなりたくない。 
 
「はあっ……はっ……ふう……」

 だいぶ息が上がってきている。
 なにしろめちゃめちゃ緊張してて、心臓が落ち着かないところでこの坂を登って来たのだ。
 愛佳もそれは同じだろう。さかんに深呼吸して息を整えようとしている。
 しかし苦労した甲斐あって、ついに目的地に着いた。
 観光者向けのお店はいくつか並んでいるが、あたりにはほとんど人影はなかった。
 愛佳には悪いが、この丘はやはり観光名所としては賞味期限を過ぎているらしい。
 向こう側には、斜面から突き出した岩壁を利用して作られた展望台があった。
 頑丈そうな手すりもついている、結構ちゃんとした展望台だった。
 俺はドラマを見ていないので確信は無いが、あの場所が告白の場所なんだろう。

「愛佳、あそこ行こうか?」
「う、うん……」

 愛佳が頷いたので、二人で展望台へ向かった。

 つい最近まで、俺は全然関心がなかったんだ。
 つまり、こういう場所みたいに”デートスポット”とか呼ばれる場所のことだけど。
 たとえ彼女とか出来たって、なにもそこまですることないだろ、と思ってた。
 けど、そんな俺もここに来ているなあ……
 まあ、愛佳は恋人ではないんだけど、それでも気を使う。
 少なくともいままで貫いてきたスタイルやプライドをあっさり捨てさせるほどには。
 とはいえ、自分が馬鹿馬鹿しいことをしている気持ちは今でもある。
 だが、ここまできたらつまらない意地とかは捨てるしかないよな……
 よし!やるぞ!
 そう決意して愛佳の方に顔を向けると、驚いたことに愛佳の方も俺をじっと見つめていた。

「きゃあああああっ!?」
「おおっ?!」

 思わず二人して悲鳴を挙げてしまう。
 ちょうど決意したタイミングだったので、俺も少し驚いた。
 愛佳の方はもっと驚いたらしく、足をもつれさせて尻餅をついた。

「お、おい大丈夫か?」
「や、ごめんなさい、だいじょうぶですから……ほんと、ごめんなさい……」

 愛佳は助けようとして近づいた俺を拒んで、ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返した。
 別に謝られるようなことは、何もないと思うけどな……
 というか、”ごめんなさい”はかんべんしてくれ……
 これから告白するというのに、その言葉は心臓に悪すぎる。
 そういう意味ではないと思いたいが……もしかして、そうなのかな……
 気のせい気のせい。とにかく始めよう。





「愛佳、俺は大事な目的があってここに愛佳を連れ出したんだ」

 俺の言葉に、愛佳はびくり、と肩を震わせた。

「愛佳は俺がどうして此処に来たのかわかるか?」
「……『修学旅行のしおり』を作ってた時の……あれだよね?」

 よし。やはり愛佳にはわかってたんだ。
 これで目的自体は達成したも同然だ。
 そう俺は安心しかけた。だが……

「じゃあ、そろそろいこうか?」  
「え?行くって、どこに?」

 愛佳の思わぬ提案に俺は聞き返した。

「この展望台の裏手にある、絞りたての牛乳で作った美味しいアイスが食べられるお店……じゃないの?」
「い、いや……悪いが、俺はそんな店は知らないんだ……」
「それじゃあ……その少し先にあるフランス留学していた有名なパティシエさんの作る特製ケーキが売りのお店……じゃないよね?」
「いや……それも知らない……」
「え……と、じゃあ、さらに奥に行った所にある、上質の小豆と砂糖たっぷりのあんこで有名な……」
「ちがうって」
 
 なにやら話の雲行きが怪しくなってきた。
 なんでこういう話になる?しかも愛佳はこの辺りの店にやたらと詳しい。
 いや、落ち着け、俺。

「愛佳、しおり作ってた時のこと、覚えてるって言ったよな?」
「うん、あの時たかあきくんが読んでた雑誌のことじゃないの?」

 あの時俺が読んでた雑誌?そこにお店の情報が載ってたってことか?
 まあこの土地の情報誌だからな……
 ということは、つまり……つまり……

・俺が自由行動を二人で廻ろうと愛佳を誘った時、この雑誌を読んでいた。
・だから愛佳は俺がこの雑誌に載っている場所の何処かに行きたいのだと考えた。
・愛佳にもこの雑誌の中に行きたい所があって、そこに俺が連れて行って
くれるのか、と楽しみにしていた。それで緊張していた。 
・そして告白の名所とか、ドラマのことは忘れている、あるいはもともと考えに無い……
 
 そういう結論に辿り着いた俺は、猛烈なめまいと虚脱感に襲われた。
 ああ、考えてみれば、なんと愛佳らしい考えだろうか。
 そうだよな……愛佳がそんな器用に気をまわせるはずがないんだ。
 うわあ……馬鹿みたいだな。俺。いや、正真正銘の馬鹿だよ……
 もはや俺には告白を続行するような気力は残っていなかった。
 愛佳には行きたい所もあるみたいだし、これからそこに行くとしよう。
 反応から見ると、アイス屋かな?あるいはケーキ屋か?
 まあどっちでもいいか……はあ……

「だいじょうぶ?たかあきくん?」

 気が付くと、俺は地面に座り込んでいた。
 俯いた俺の顔を愛佳が心配そうに覗き込んでいた。
 愛佳は、俺の腕に軽く手を触れて、『飲み物でも買ってこようか?』と言ってくれた。
 愛佳はほんとに優しいよな、こんな俺にも。

「ああ、大丈夫。坂道を登って、ちょっと息が切れただけだよ」

 大丈夫じゃなくても、そう言い訳するしかなかった。
 愛佳にあまり心配させられないな。
 俺は展望台の手すりに掴まって立ち上がった。
 そこからの景色を見るともなしに眺めてみる。
 こうして見るとずいぶんと高いもんだな……

「綺麗な景色だね……たかあきくん」

 隣に来ていた愛佳がそう呟いた。
 そう言われて、俺はもう一度ここからの景色に意識を戻した。
 
 手前には大きな湖が輝いていた。
 その向こうに駅や商店を中心とした住宅街がにぎやかに集まっている。
 そしてそれらを取り巻く形で、背の高い木々が立ち並ぶ森がどこまでも広がっていた。
 美しい景色だった。

「ああ、綺麗だな……」

 俺は深く深呼吸しつつ、そう答えた。うん、いい景色だよな。  
 でもこの景色をこんなにも素敵だと感じられるのは、今、愛佳が綺麗だと言ってくれたからだと思う。
 好きな人の存在って、そういうものだよな。
 たとえば愛佳と一緒にいい映画を見た時、愛佳も「いい映画だったね」って言ってくれたら、その映画はずっと心に残るんだ。
 たとえば愛佳と一緒に美味しいお菓子を食べた時、愛佳も「美味しいね」って言ってくれたら、そのお菓子は本当に美味しくて、その日 一日を幸せにしてくれるんだ。
 俺は愛佳がいて、ずっとそんな日々を積み重ねてきた。

 ……ああ、やっぱり愛佳にはずっとそばにいて欲しいよな。 
 俺は落ち込んでいた気持ちに活力が戻ってくるのを感じていた。
 やっぱり俺は愛佳に彼女になってほしい。
 今告白しなければきっと後悔するだろう。

「愛佳……実は、俺はここで愛佳に大切な話があるんだ……」

 俺はそう切り出した。もう後には引かない。
 心臓がバクバクいい始めた。

「大事なお話?」
「ああ、そうだ。だから逃げたりボケたりしないで最後まで聞いてくれ」
「ひどいなあ、ボケたりしないよぉ……」

 しまった。つい本音が出た。
 愛佳はちょっとすねてしまったようだ。

「話聞いてくれたら、後でアイスおごるよ。絞りたての牛乳で作った美味しいアイス、食べに行こうな」
「うん」

 俺がそう言うと、愛佳はにっこり笑って、頷いた。
 ああ、眩しい笑顔だな…
 好きな人の笑顔って、どうしてこんなに胸に苦しいんだろう。
 ただでさえ緊張してるのに、勘弁してほしいよ、ほんと。


「大事な話、していいか?」
「……うん、お願いします」

 俺の深刻さが伝わったのだろう、さすがに愛佳も緊張した様子で俺に向き直る。
 今、俺と愛佳は展望台で静かに見つめあっている。
 もしこの告白の結果がどうであれ、俺は後悔しない。

「愛佳」
「うん」
「俺とつきあってくれ……もし愛佳が断っても、俺はもう二度とこの言葉、他の誰にも言わない……」

 ――しばらくの沈黙があった。
 愛佳は逃げ出したり、ごまかしたりはしなかった。
 それどころか、じっと俺を見つめていた。
 その視線は俺よりもしっかりしているくらいだった。

「はい……私と付き合って下さい……私も、他の誰からも、その言葉を受け取りません……」

 ――そして、愛佳は両手で顔を覆って泣き崩れてしまった。
 
 愛佳はずいぶん長いこと泣き続けていた。

「ごめんなさい……たかあきくん、ごめんね……」

 何度も何度もごめんなさい、と謝りながら泣いていた。
 その間はきっと俺の言葉も届いていなかった。
 なぜ謝るんだよ、愛佳……
 俺にはただ、愛佳の肩を抱いて、慰め続けることしかできなかった。
 刺すように降り注いでいた日差しが弱まって、丘に流れる風も少し冷たくなってきたころ、
ようやく落ち着いてきた愛佳が事情を説明してくれた。

「あたし、本当は気付いてたの。たかあきくんがこの丘に連れてきてくれた意味を……」





「たかあきくんが、自由行動にあたしを誘ってくれたとき、もしかしたらそういう話かもしれないって思ったの」

 ドラマの告白の話が出た直後だったから、愛佳もそこに思い至ったのだろう。

「でも、考えているうちに、そんなのあたしの都合のいい妄想なんじゃないかって思えてきて……」

 そういう気持ちは俺にもわかる。ついさきほど経験したばかりだ。

「もし告白だったらすごく嬉しかった……だからこそ、期待しすぎて、その期待を裏切られるのが怖かったの……」 

 ああ……たぶん愛佳はこうやっていろんな事を諦めてきたんだろうな。
 両親が病院の妹にかかりきりだったこと。
 だれかに抱き上げてもらった記憶がないこと。
 誕生日のプレゼントのこととか、俺が思い出せるだけでもいくつかある。
 きっと他にもあるんだろう。
 ほんとは愛佳だって、両親が構ってくれるのを待っていたんだろう。
 でも、その願いは叶わなかった。
 そんな中で期待を裏切られて傷つくよりも、最初から諦めてしまう、そんな生き方をするようになったんだろう。

「それでも、もしかしたらって思う気持ちはまだあって。だから、この丘に着いた時はほんとにどきどきして…でも、ドラマに出てきた場 所、通り過ぎちゃって……やっぱり違うんだなってわかったら、いままで自分が期待してたことが情けなく思えてきて……」
「いや、そんなの俺の責任だよ。俺が勝手に頂上だと思い込んだから……」

 そりゃ、期待してたのに通り過ぎちゃったら、愛佳じゃなくともがっかりするよな。
 というか、ボケは俺の方かよ… 
 ちなみにドラマでは主人公とヒロインは丘の中腹にあるおだんご屋さんでのんびり
お茶とだんごを頂きながら愛を誓い合ったらしい。ってなんだそりゃ……

「それで、本当にあやまらなきゃいけないことは、ここからなの……」

 さっきまで少し落ち着いていた愛佳が、再び涙を流しながらそう告げた。

「たかあきくんが、『大事な目的がある』って言ったとき、またもしかしてって思ったの。でも、もうこれ以上迷いたくなくて……だから、 わざとアイスとかケーキとか、心にもないことを言ったの。ほんとは期待してたくせに……あたし、卑怯だから……ずるいから……」

 愛佳は俺に自由行動に誘われてから、何度もあの雑誌を読み返し、俺の目的をいろいろ想像していたそうだ。
 それであんなに内容に詳しかったのか……

「あたしがひどいこと言ったのに、たかあきくんは真剣に告白してくれて……本当にうれしかった……だから、ごめんなさい……ほんとうにごめんなさい……」

 そして、全部話し終えた愛佳はまたうつむいて泣き始めてしまった。

 うむ…俺としては愛佳を責めるつもりなんかまったく無いんだけどな。
 むしろ俺の小細工で愛佳を戸惑わせたのが原因だろうと思うし……

「なあ愛佳、俺は愛佳が告白のことについて黙っててくれて、助かったと思っているんだ」

 俺はなるべく優しい声になるように努めながら、まだすすり泣く愛佳に話かけていた。

「だって、俺がこんな恥かしい計画まで立てて準備してたことなのに、愛佳が最初から気付いてるってわかったら、俺は恥かしくて告白な んてできなかったかもしれない」

 ……愛佳はまだ、顔を上げない。この手じゃダメか……

「それに、愛佳はそれくらいボケてくれたほうが、かわいいと思う」
「ええっ!?」

 愛佳は俺の言葉に驚き、一瞬顔を上げたが、泣き顔見られるのが恥かしいらしく、また俯いてしまった。
 ふむ……もう少しかな?それでは奥の手を。

「それより愛佳。だいぶ時間が押してるぞ?早くしないとアイス食べに行く時間が無くなる」
「ええええっっっっ!!!」

 愛佳は今度こそ跳ね起きて、慌て始めた。よし、作戦成功。

「おらおら、そんなひどい顔でアイス食いに行くのか?さっさと直してきな」
「う〜、たかあきくんの意地悪〜」

 愛佳は恨み言を残して近くのトイレに駆け込んだ。
 待つこと数分……

「待たせてごめんね、たかあきくん」 

 トイレから戻った愛佳はすっかりいつもの愛佳だった。さすがは女の子。
 恐らくトイレの中で手持ちの化粧品を駆使して戦いを繰り広げたのだろう。
 俺のような無粋な男には永遠に理解不能の世界だ。

「遅いぞ、愛佳。さっさと行こう」 

 愛佳が落ち込みに入る前に目的地にせかす。

「あの、ほんとにごめん……」
「もう謝らなくていいから。それより俺たちが付き合ってから初めてのデートだぞ、気合いれて楽しもうな?」
「……たかあきくん、ありがとう……」
 そうさ、俺たちはもう恋人なんだ。

 過去なんか振り返ってる場合じゃない。
 これからは恋人同士の楽しいイベントだってたくさんあるんだ。たぶん。

「あ、あの……たかあきくん、お願いがあるんだけど……」

 おおっ!さっそくお願いイベントですか?!すごい!すごいぞ!愛佳!!
 どんなお願いだろう?
 ”手をつなごう”かな?”キスしよう”かな?そ、それとも、もしかして……

「……後でケーキ屋さんも、寄っていい?」
 
 うわ。そうきましたか。いやあ、もちろん大歓迎です!


 こうして俺の告白はなんとか成功した。
 だいぶ無様なやり方かもしれないけど、それでも俺と愛佳は晴れて恋人同士だ。
 おかげで修学旅行も楽しかった。
 あの後特別なことがあったわけじゃない、ただ恋人だというだけで俺は浮かれていた。
 そんな楽しい日々がこれからずっと続くと思っていた。
 しかし、そうは問屋がおろさなかった。

 俺のこのみっともない告白劇は、由真を含めて数人の女子に目撃されていたらしい。
 人の口に戸は建てられない……
 その後数日間は、ほんとにひどい目に会った。
 二人の噂が広まって、俺も愛佳もさんざんからかわれた。
 特に俺と愛佳の告白の台詞は何度も引用され、俺と愛佳にとって猛烈に恥かしい言葉となって、ある意味永遠に記憶に残った。

 騒動が落ち着いてしばらくして、俺はようやく愛佳に会うことができた。
 それまでは二人で会うことも避けるようにしていたのだ。
 もちろん噂対策のためだ。

「すまない、愛佳。俺が無計画だったせいで、こんなことになって…」

 まず、俺は愛佳に謝った。本気で百回頭を下げたい気分だった。

「そんなに謝らないで…たかあきくんは、悪く無いよ」

 愛佳はそう慰めてくれたが、俺の気は収まらなかった。
 やっと愛佳と恋人同士になれたというのに、俺たちは最近ほとんど会っていない。

「せっかく愛佳が返事をくれたのに……俺の不注意で……」

 愛佳は落ち込む俺を見て困っていたが、不意になにかを思い出したように笑い出した。

「ねえ、たかあきくん。これってあの時と逆になったみたいだね」
「あの時?」
「告白の時。あたしが何度も謝って、たかあきくんはそんなに謝るなって、笑ったよね」
「そうだな…」

 あの時は愛佳にやたらと謝られて困ったよな。今の俺もそれと同じなんだろうか。

「それに、たかあきくんはそれくらいボケてくれたほうが、かわいいよ」

 おっと、そうきたか。
 言い返されてみると恥かしいなあ、その台詞。

「それと、あたしはあの時のこと、後悔してないから……」

 愛佳はそれだけ告げると、『それじゃ、あたし用事があるから』
 と言って慌てて立ち去った。あれは照れ隠しかな……
 もちろん俺も後悔なんてしてないよ、愛佳。
 あれだけどたばたしたわりには進展しなかったけど、一歩だけは前に進んだ。
 そんな俺たちの関係だった。


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