修学旅行の告白事件

人間の生活の基本である衣・食・住。
この中で生きる為に最低限必要不可欠と言えるのが食である。
人間食わなければ何もできないし気力も起きないのだ。
少し前、二週間程インスタントラーメンのみを食べ続けてた事があったが、あれは腹が膨れるだけであって活動源にはならない事が判明した。
朝起きても何もする気になれず、また体を動かすのも重労働に感じる事だってあるし、極めつけは家の階段を上る時に足を上げようとしたつもりが全く上がらなかった事だろう。
食は人生を左右すると言った人はきっと俺と同じ、もしくは俺以上に体が弱った事のある人だろう。
本当に食べる事は大事なのだ。いやこれマジだって。一度インスタントラーメンのみの生活をしてみるべし。お試しあれ。
そんなわけで食事に手を抜く事は死を意味する訳だが、どうも一人暮らしという身分では継続しない。
そして今日も多分に漏れず、自宅の冷蔵庫は空な訳だ。
しかも書庫の整理を手伝ったりゲーセンで全力勝負をしたり真夜中のお茶会に招かれたり日々多忙な毎日を送っている俺は午前中を全て睡眠に費やしていた。
現在時刻は正午過ぎ。俗に言うお昼時というやつである。
そして俺は一人ソファーでくつろぎながら、昼飯の事を考えていた。
「どうするかな…」
そう独り言を呟き何を食べようかと考えていると

(Trrr…Trrr…)

電話が鳴った。
親は二人とも海外へ出張。何かのアンケート電話とかでも無い限り、まずは俺宛ての電話と見て間違いない。
この時間に電話とすると、誰かからお昼の誘いという線もある。
そんな事を考えながら玄関へ行き、電話の受話器を取った。

「もしもし、河野ですが」

「貴明か?俺だ、雄二」



雄二?

・・・・・・・
・・・・
・・


ガチャン。


深い意味は無いが受話器を置いてみた。

・・・・・
・・・
待つ事十数秒。

(Trrr…Trrr…)
さも当然の様に再び電話が鳴った。
そして当然の様に俺も受話器を取る。

「もしもし河野ですが」
さらに当然の様に電話相手に名を告げる。
いや、確かに当然なのだが。
「何で切るんだよッ!まだ何も言ってねぇだろ!」
案の定というか、怒り声の雄二の声が受話器に響く。
本当に意味は無かったのだが、とりあえず適当な言葉でごまかしておく。
「すまん、主人公はお約束に勝てないんだ」
俺も色々とギリギリな言い訳だった。
「よくわかんねぇけど…お前も大変なんだな」
それでも雄二は適当な言葉から何かを感じ取ったのか怒りを納めている。
まさしく馬鹿と何とかは紙一重である。
「で、どうした?」
不毛な会話もそこそこに、先を促す。
「よくぞ聞いてくれた貴明。さすがは俺の親友だ」
「いや、親友とか以前に普通聞くだろ」
電話してきてその反応は無い。
そう思うが雄二は俺の思考とは裏腹に話を続ける。
「憎い!その謙遜のしかたが憎い!さすがは俺の親友だ」
「謙遜ってお前な…。あー、もういい。解った、解ったから用件を話せって」
「そうか解ってくれたか!さすがは俺の親友だ」
「あーはいはい親友ね親友。で、用件話せってば」
「いや待て。そうか…親友とかのレベルじゃねえ!義兄弟クラスだって狙えるぜ!」
「だから用件を話せと」
「そうだ義兄弟がいい!ウチの姉貴を嫁にして俺と義兄弟になってくれ!」
「それはどっちがメインなんだ。違う。用件を…」
「二人で世界を狙おうぜタカアキぃ!」
「さようなら雄二、君の姉君がいけないのだよ」
別れの言葉を告げ、電話を切ろうとする。
が、その瞬間『謀ったなぁ!』や『お願い待って!』等の雄叫びが受話器から聞こえてくる。
全く気が乗らなかったが仕方なく受話器を耳に当てなおす。
するとやたら湿っぽい声が聞こえてきた。

「うう…タカくんお願い…切らないで…」
「マジで死ね」

ガチャン

今度こそ電話を切った。
(Trrr…)
切った。確かに切った。そしてまだ2秒くらいしか経っていない。
どうやったら2秒でかけ直せるんだろうか。
そんな不思議を頭に、無言で電話を取った。

「切らないでくれよぉ〜。大事な話があるんだよぉ…」
涙声の雄二の声。
きっと七色の声とかいうやつなんだろうなぁとかどうでもいい事を思い出した。
「次にその大事な話とやらを言わなかったら電話回線を引き抜く」
「うう…ありがとう、ありがとう貴明。それでさ…」
未だに涙声な雄二が呟く。

















「飯いかね?」

「そういうのはさっさと言えよ!ブッ殺すぞ!」





結局、雄二の奢りという約束まで取り付けたので付き合う事になった。
とりあえず駅で待ち合わせをする事になり、到着したのはいい。それはいいのだが。
「何で指定場所がこんな細かいのかね…」
理由は解らないが、駅の階段の向かって右側に居る様に言われた。
少し理由を考えてみる。
…階段を指定して左側と右側にそれぞれ待つという事態を防ぐ為?
いや、それなら階段に座って待てばいいのだ。わざわざ右側である必要が無い。
それなら…何だ…理由は何だ…?
解らない。十数年の付き合いだがあの男の考えは全く理解できない。
今日の電話もそうだが、奢りの約束をする時に何故か二つ返事で答えが返ってきたのも気になる。
いつもは守銭奴と呼んでもいいほど(緒方理奈コレクションを買う為に)節約する男である。
今日に限って何故それほど気前が良いのだろうか。
…駄目だ。解らない事だらけだ。悩んでも仕方が無い。


考えを打ち切り、頭を掻きながら視線を落とす。

(ゴト…)

「ん?」

気のせいだろうか。視線の先、俺の足元からわずかに先のマンホールが動いた気がする。
ジーッとそこを凝視してみる。
だが何も反応が無い。見た感じ一ミリ足りとも動いてはいない。
気のせいか…。そう思い雄二は来ていないかと周囲を見回す。















(バァン!!ガランガラーン!)
「へいお待ちぃぃぃぃぃぃーーーー!!!!」

「うおおおお!!???」




勢いよくマンホールが飛び上がったかと思うと同時に雄二が顔を出す。
無茶苦茶驚いている俺を見て雄二は
「どーだ、びっくりしただろ」
満面の笑顔でそう言った。
「び、び、ビビるに決まってるだろが!!」
完全に不意を突かれた俺は心臓を鳴らせながら怒鳴る。
「いやー良かった。ついでにやった甲斐があったぜ」
一発殴ってやろうかと思ったが、その、『ついで』という部分が気になり先に質問をする。
「ついでって…俺をビビらせる為にそっから出てきたんじゃないのか?」
だが俺の問いに雄二は何食わぬ顔をする。





「いや?下水通った方が早いから」



・・・・・・・・
・・・・・
・・・

あぁ、そっか。









馬鹿なんだ。














かなり紆余曲折があったが、ともあれ雄二と合流した俺は並んで歩きだす。
「で?何を奢ってくれるんだ?」
電話では約束を取り付けただけ。
何を食いに行くのかも全く聞いていなかった。
期待はしていないが、コンビニのオニギリ1個とか言い出したら即帰るつもりである。
「久々に回転寿司に行きたくなったんだ。で、一人で行ってもアレだから誘った」
…回転寿司?
今こいつは寿司と言ったのか?
「雄二。変な物でも拾い食いしたのか?それとも電波の力で操られているのか?」
「バカヤロウ!んな怪しげな類じゃねぇよ」
俺を責めてから、何故か目を閉じ空に向かってボソリと呟いた。

「神のお告げが…聞こえたんだ…」

十分に怪しげだった。
幻聴すら聞こえる程遠くに行ってしまったのか。
いや、コイツの頭がおかしいのは既に明白だ。それよりもだ。
「回転寿司ってお前…俺、結構食う方だぞ?」
一皿105円を侮ってはいけない。
一般的に見て腹が膨れるのに10皿程度だろう。
それで会計が1050円。寿司を食って1050円と思えば違うだろうが、一食1050円である。
一人暮らしや高校生の小遣いでやるにはいささか贅沢だ。
その贅沢をこいつは、しかも奢りで行こうと言うのである。
どう考えてもおかしい。
「食うっつっても20皿もいかねぇだろ?余裕余裕」
任せとけ、と後から付け加えて笑う。
ちょっと男前に見えたのは奢りの効果だろう。
が、やはりこの気前の良さは不気味だった。
裏があるのかもしれないと思い、金銭事情について触れてみる。
「余裕なのはいいけどさ、そんな金どっから捻出したんだ?」
「あ〜…それはな…」
答えようとするが何故か雄二の顔が険しくなり、急に周囲に気を配りだした。
ハッキリ言って怪しすぎる。通報されても文句は言えない程に。
「なんだよ。どうしたんだ?」
「ちょっと待て。人に…いや、姉貴には死んでも、絶対に聞かれちゃなんねーんだ」
そう言って辺りに人が居ない事を確認した後、小声で俺に言った。
「お前に聞く。ずばり、駅前の道路の向かい側の建物はなんだ?」
いきなり何を言い出すのか。
答えになっていない上、逆に俺に質問をしてきている。
「お前の金の話してんの。はぐらかすなって」
ごまかしているのかと思い、尚も食いつく。
だが雄二は悪戯を思いついた様な顔をする。
「いいから答えてみろよ。これが質問の答えだ」
そうまで言われ、仕方なく駅前の地図を頭に浮かべてみる。
「解ったよ…。えっと、つまり駅の反対側だよな。反対にはたし…か………え?」
恐ろしい結論に辿り着いた俺は、慌てて雄二を見る。
「そういうこった。て訳で姉貴にはぜってー言うなよ、な?」
ポンポンと肩を叩かれた。



なぜこれほどまで機嫌がいいのか。
今となっては全てが繋がった訳だが、駅の反対側の建物だけ挙げておこう。



「パチンコ屋…」

タマ姉にバレると血を見るのは明らかである。











そんな事情を理解した後、俺達は回転だが寿司屋と言い張る店へ入った。
「あー、さすがに腹減ったぜ。何から食うかねぇ」
そう言って雄二は流れてくるレーンを見つめる。
「お前は食うのより何食うか選ぶのに時間かかるんだよな」
お得意の癖が始まったのか、俺の言葉に反応せずにジッと待ち構えている。
その様子を尻目に、とりあえず俺は手ごろなハマチから手をつける。
一人暮らしをしていると生魚を食う機会が全く無い。
久々という意味もあってか、中々美味いと感じる。
「お、アレがいいな…」
何か目を引く物があったのか、小さく呟く。
ほんの少し待って雄二が取った物は
「………」
プリンだった。
俺は無言でそれを見なかった事にし、流れてきたウニを取る。
このウニとは思えない程マズいウニが恋しくなる時があるのだ。
それを食いながら、隣を見てみる。
雄二はまだ何にするか思案しているようだ。
「…お」
何か見つけたのか、雄二が声を出す。
そして手に取った物は
「………」
プリン。
何も言わずに鉄火巻きに手を伸ばした。
鉄火巻きはやはり寿司ネタでは基本だと思う。
似て非なるカッパ巻きの原価とかどうなっているのだろう。
そんな事を思いながら、また隣を見る。
何かを待っているかの様に見えるが…。
「きたきた」
やはりそうだった。
しかし何を取るのか大体予想はついていたが、取った物はやはり
「………」
プリン。
俺はマグロを取る。
それを無言で食っていたが、不意に雄二に話しかけられた。

「なぁ貴明」
「何だ?」
「このボタン押したらオーダーできるんだよな?」
「そうだな。出来るな」
「してもいいか?」
「今日はお前持ちだし、俺は別に何も言わないが」
「そっか。そうだな。じゃ、遠慮無く」

そして雄二がオーダーボタンを押す。


「プリン二十個よろしく」

・・・・・・


雄二が注文を入れた後、しばらくすると店内がザワつきだした。
原因は解る。
というか元凶が目の前に居る。
前の方からオーダー品と書かれた器が大量に流れてきていた。
しかもそれ全てがプリン。
まさにプリンの大行列。二十皿分のプリンが絶え間なく流れてきている。
そんな物を見れば誰だって驚くだろう。
寿司屋でプリンを大量にオーダーするヤツなんてほかに居ない。
間違いなくアレらは雄二の物だ。
「おー、本当に来た。すげぇな」
しかし雄二は動じない。
まるで他人事の様に流れてくるプリンを待っている。
やがて取れる位置まで流れてきたプリンを必死にテーブルに置いていく。
「あ、悪い。一個逃した。取ってくれ」
「………」
雄二が取り損ねたプリンを俺が代わりに取り、雄二の方に置いた。
取る途中気付いたが、他の客の視線がかなり痛い。
(違う…俺は正常だ…こいつが馬鹿なんだ…)
そう念じながら他の客に証明する為、俺は改めて別の皿に手を伸ばし始めた。



プリンで腹が膨れるのかは別として。
寿司を食うより速度よりも、プリンを食う速度の方が速いのだ。
そんな訳で俺が腹一杯になるよりも先に雄二は二十皿のプリンを全て食べ終えていた。
その馬鹿は今、プリングラスでピラミッドを作っている。
俺もそこそこ腹は膨れてきた所で、後一、二皿で終わろうと思っていたのだが。

「なぁ貴明」
こちらを見ていない雄二の、二度目の呼び掛けが来た。
「何だ?」
「オーダー品って、レーンに流れてくる訳だろ?」
「持ってきて貰う事も出来るだろうけど、大体はそうだな」
「流れて来るのを待ってる途中に、気が変わる事だってあるよな?」
「そうだな、あるかもな」
「そういう場合ってよ、オーダー品って書かれた器と別にしてレーンに戻すって事もたまにやるよな?」
「マナーは悪いけど、やる人も居るな」
「だよな」
「…またプリン何十個もオーダーしてレーンに戻すと、さすがに食えって言われるだろうな」
「だよな。それは解ってる」

………。

「そろそろ出るか?」
「そうだな。会計すっか」
そう言って会計ボタンを押す…はずだったが
「雄二、それオーダーボタン」
「だよな」
「押してる、押してる」
「ああ、まぁ落ち着け」

やがてスピーカーから「ご注文どうぞ」と聞こえてきた。
そしてその瞬間を狙っていた雄二が言った。

「バニラアイス一つ」

………。
待つ事数分。やがて一つのオーダー品が流れてきた。
「さて貴明」
「うん」
「気が変わった」
「うん」
「ありだよな?」
「もうどうでもいいよ」
雄二はオーダー品と書かれた部分だけを取り、品物はまたレーンに戻した。
二人でしばらくの間、流れさっていくアイスを見送る。
溶ける前に店員によって回収されるのか、それとも溶けた後も流れ続けるのだろうか。
スッキリした顔をしているコイツはいつか絶対出入り禁止になると思う。









余談だが、会計する時ピラミッド状に積まれたプリングラスを見て固まっていた店員が印象的だった。






「ところでさ」
「なんだ?」
「プリンばっか食ってたよな?」
「あぁ。それが?」
「回転寿司に行きたいって言ってたよな?」
「あれはベルトコンベアが久々に見たいって意味だったんだぞ?」
「じゃあ最後のアイスは?」
「あれは神の啓示が降りたから実行に移した」
「要するに思いつきでやったんだな」
「理解が早くて助かる。さすがは俺の義兄弟だ」





こいつと二度と回転寿司へ行かない事をここに宣言しよう。


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   以上が『そうだ、外食へ行こう!』です。
   当サイトに初めて投稿して頂いた記念すべきSSです。
   投稿者のKwood様、本当にありがとうございます。
   管理人として、心からお礼申し上げます。
   

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