珊瑚ちゃんのお料理修行

 ――ガッシャーン!!――

 食卓の準備をしていた俺の耳に、乾いた破砕音が飛び込んできた。
 やっぱり、キッチンの方からだよな。
 どうやら、心配していたことがまた起こってしまったらしい。

「あ〜もう〜〜。だから、さんちゃんは料理なんかやったらあかんって……」
「あう〜〜」
 
 キッチンの方に目をむけると、そこには慌てて割れた皿を片付けている瑠璃ちゃんと、無残にも割れてしまったお皿を前にしてしょんぼりとうなだれる珊瑚ちゃんの姿があった。
 あ〜、やっぱり無理だったか。
 珊瑚ちゃんには悪いけど、正直それは予想していたことだった。


 こんな衝突事故、もしくは落下事故が毎日のように起こるようになったのは、ここニ週間ほどのことだ。
 理由はなぜだかは知らないが、最近の珊瑚ちゃんはイルファさん・瑠璃ちゃんの調理組に加わろうと熱心なのだ。
 だがその努力もむなしく、結果はいつもこの通り。
 おかげで新品のお皿が毎日戸棚から消えていく。もう一度まとめ買いしてこないといけないな……
 あれって結構高いお皿なんだよな。値段は知らないけど…… というか、知るのが怖い。
 この二週間の間に、珊瑚ちゃんは一体何枚のお皿を割ったのであろうか。
 下手すると、家が一軒建つんじゃないか?
 でも本人には悪気は無いから、あんまり怒るのも可哀相だしなあ……

「そのへんで許してあげようよ、瑠璃ちゃん。珊瑚ちゃんもわざとじゃないんだから……」
「あかん! 貴明は甘すぎや! さんちゃんには料理させたらあかんの! このままやと、ぜったい怪我する!」

 うーん……瑠璃ちゃんの言うことは俺も心配してる。
 確かに、正直に言わせて貰えば珊瑚ちゃんには自分からあきらめて欲しいんだけど……

「うう〜。瑠璃ちゃん、イジワル言う。イジワル言う瑠璃ちゃんきらいぃ」
「い、イジワルちゃうもん……これはさんちゃんのためやもん…… ぐすっ…… 怪我なんか、してほしないんやもん……」
「う〜〜でも〜〜」

 瑠璃ちゃんは珊瑚ちゃんに叱られて泣きべそをかきながらも、自分の意見は譲らない。
 二人がちょっと気まずい雰囲気になりかけた、その時。

「珊瑚様、瑠璃様は珊瑚様のことが心配なんですよ」

 ずっと成り行きを大人しく見守っていたイルファさんが、二人の間に入ってくれた。

「珊瑚様、料理はわたしたちの役目です。この身に賭けて誠心誠意、努めさせて頂きます。どうかわたしたちを信用して、任せて頂けませんでしょうか?」
 
 ゆっくりと頭を下げながら、主人に忠実なメイドロボの立ち居振る舞いでそう誓った。
 そんなイルファさんの接し方は、低姿勢ながらも威厳や気品を感じさせる雰囲気を備えていた。
 さすがはイルファさん。こういう説得の仕方は、イルファさんにしかできないよな。

「ん……。そうなんやけど……ん〜〜つまらんなぁ〜〜」
 
 そう呟くと、珊瑚ちゃんは諦めて食卓に戻ってきた。
 ようやく諦めてくれたのかな……
 と、そっと俺の方に身を寄せてきた珊瑚ちゃんの手が、きゅっと俺のシャツの裾を掴んだ。
 
「あれ、どうしたの? 珊瑚ちゃん」 
「ん……えへへぇ……」
 
 ほにゃほにゃと笑いながらも、珊瑚ちゃんは何も答えない。
 そして、料理を続ける二人のことをじっと見つめていた。
 その横顔はなんだか少し寂しげだった。
 そういえば、ここの所少し珊瑚ちゃんの元気が無いんだよな……
 そんな寂しげな顔は、珊瑚ちゃんの家にイルファさんや俺が来るようになる前まで、例えばあの瑠璃ちゃんの家出騒動が持ち上がった頃、時折見ることがあったけど。
  
 
 一方、キッチンでは定番となりつつあるイルファさんと珊瑚ちゃんのどたばた共同作業が続いていた。

「イルファ、そっちのお醤油取ってくれへん?」
「はい、こちらですね? 瑠璃様」
「こ、こら! どさくさに紛れて手を握るな〜〜!!」
「いいえ、これは変な意味はありません。しっかりと確実に受け取って頂くために、必要なことなんです」
「もう……」

 大好きな瑠璃ちゃんと一緒にお料理ができて、イルファさんは本当に嬉しそうだ。
 瑠璃ちゃんのほうはまだちょっと戸惑っているみたいだけど、あの時のようなとげとげしさはもう見る影もない。
 あれだけすれ違っていた二人が、こうして肩を寄せ合ってキッチンで作業をしているところを見ていると、なんだか感慨深いというか、微笑ましいというか……そんな気持ちが湧き上がってくる。
  
 

「二人とも、とっても楽しそうやなあ……」 
「……それはどうなんだかな……」

 とはいえ、俺には楽しそうには見えないところもあるんだが…… 

「ほら、瑠璃様。汗をお拭きいたします」
「ちょ、ちょっとイルファ! どこを拭いとるんや! 変なとこ触って……あ、あかん……いやっ」
「瑠璃様が動くからそうなるのです。ほら、じっとして……素直に受け入れてください」
「あっ、あうううぅぅ〜〜〜!!」

 い、いや……あれは汗を拭いているだけ……だよな?
 瑠璃ちゃんの悲鳴がだんだん怪しい吐息に変わっていくようにも聞こえるが、俺の気のせいだよな……
 瑠璃ちゃんは手足をばたつかせて必死に抵抗するが、イルファさんの腕の中に捕らわれたままだ。
 イルファさんはともかく、瑠璃ちゃんがこれを楽しんでいるかはちょっと微妙だと思うんだけど……
 でも、にぎやかなのは間違いないか。

「楽しいのかな……?」
「楽しそうや。ぜったい」

 そんな風に強く言い切る珊瑚ちゃんの横顔が、やっぱりなんだか寂しそうで……
 なんとなく、俺は珊瑚ちゃんの手をしかっりと握った。


「ん〜〜? 貴明、突然どうしたん?」
「いやかな? こうするの」
「ううん、いやじゃないけど……」
「けど?」
「瑠璃ちゃんがこっち睨んどるけど、ええの?」
「はい?」

 ふとみると、いつの間にかイルファさんの腕からぬけだした瑠璃ちゃんが、仁王の形相で俺達を……
 いや、俺だけを睨んでいた。
 あ、今回は避けられないな。今は珊瑚ちゃんの手を握ってるし……
 俺は回避を完全にあきらめて、なりゆきに任せる覚悟を決める。

「さんちゃんに、なにしとるんや〜〜!!! このすけべ〜〜!!」
「ぐはっっ!!」

 予想どうり、今日もがつんと強烈な一撃を食らった。
 まあ、いつものことだ。これくらい。




 その後、イルファさんの丁寧な看護を受けながら、俺はさっきの珊瑚ちゃんの態度についてじっと考えた。
 珊瑚ちゃん、自分だけ料理が出来なくてちょっと淋しいのかなあ……
 前々から瑠璃ちゃんの料理を手伝いたがっていた珊瑚ちゃんだけど、いつもぜんぜん手伝わせてもらえなかったんだよな。
 イルファさんが登場して、二人で仲良く(?)料理する姿がうらやましくなってしまったんだろうか。
 でも珊瑚ちゃんがあの二人の間に入るには、正直レベルが違いすぎる。
 なんとかしてあげたいけど…… 

 ……よし。俺に出来ることだけでも、やってみるとしようか。

「イルファさん、俺からちょっとお願いがあるんだけど……」





 そして次の日。

「な、なんでウチがイルファと二人だけでおでかけなんやーー!?」

 瑠璃ちゃんは、イルファさんと二人きりのお買い物に納得出来ないらしい。
 まあ、今までこんな事は一度もなかったからな。
 さすがに瑠璃ちゃんも戸惑っているようだ。

「瑠璃様、わたしと二人だけで出かけるのはお嫌なんですか? あの時、わたしのことを嫌いではないと言ってくださったのは、嘘だったんですか?」
「べ、別に嫌いなんて、言うてへんやん……」
「ではなんの問題もありませんね。今日だけは二人きりでしっぽりと過ごしましょう」
「し、しっぽりって、なんや〜〜!?」
「まあ……そんなことをこの場でわたしの口から説明させるんですか? かしこまりました。大変恥かしいことですが、瑠璃様の命令ならば……今ここでじっくりと……」
「そ、そんなこと言わんでいいっ!!」
「では、あとでじっくりと、瑠璃様だけにわかりやすく教えてさしあげます」
「だから、そうじゃなくて……」
「それでは、貴明様、珊瑚様をよろしくお願いします」
「ひ、人の話を聞け〜〜!!」

 イルファさんは含みありげに微笑むと、瑠璃ちゃんの腕を胸に抱え込み、引きずるように出かけていく。

「は、はなせ〜〜、自分で歩く〜〜!!」
「失礼ながら、急いでいますのでこのままで歩かせて頂きます。ああ……お役目のためとはいえ、主人の言葉に逆らわなければならないのは、メイドロボとしてとても辛いです……」
「嘘つけ〜〜!! このポンコツ〜〜!!」
「うふふ、ポンコツなので何も聞こえませんよ?」

 そんな声と悲鳴とが出口から徐々に遠ざかって行く。
 まったく、仲がいいやら悪いやら……
 すまないな、瑠璃ちゃん。今回だけはいけにえになってくれ。
 これも珊瑚ちゃんのためだから、きっと納得してくれるであろう。

「じゃあ貴明、今日はお昼ご飯どこに食べに行く?」

 珊瑚ちゃんがそう尋ねてくるが、それは俺の予定とは違うんだよな。

「いや、今日は家で食べようよ」
「ん〜〜〜??? 出前でも取るん?」
「実はね、珊瑚ちゃんと俺の二人だけでお料理をしてみようかと思ったんだ。瑠璃ちゃんには内緒で」
「えっ、そうなん?」

 珊瑚ちゃんがきょとんとした顔で、俺を見つめている。

 これが昨日イルファさんにお願いした、俺の計画だった。
 考えてみれば、珊瑚ちゃんを心配しすぎる瑠璃ちゃんや、完璧すぎるイルファさんと一緒では料理が上達しないのではないだろうか。
 俺とゆっくりやれば、案外珊瑚ちゃんにもちゃんと料理が出来るかもしれない。
 それに、一人暮らしの経験がある俺は最近独学で料理の基本を覚えたばかりだ。
 その程度のレベルの知識のほうが初心者に教えるには向いているかも、と思ったのだ。
 
「貴明、一緒にお料理してくれるの?」
「もし嫌だったら、どこかに食べに行くけど……」
「ううん、貴明と一緒にお料理する〜〜!!」

 珊瑚ちゃんは、元気に笑ってくれた。
 何だか久しぶりに見るような気がする、珊瑚ちゃんのいつもの笑顔。
 純粋で、見る人全てを微笑ましい気持ちにさせてくれるような眩しい笑顔だった。
 よかった。
 この笑顔だけでも、こんなくだらないことでもやってみようと思い立った甲斐があるというものだ。
 
「よし。じゃあ始めるから、エプロンつけて準備してくれ」
「了解〜〜〜」

 珊瑚ちゃんはとても元気な返事で頷くと、着ている服をぽいぽい脱ぎ始めた……って、おい!!

「ちょっと待った!! 珊瑚ちゃん、服を脱ぐのやめ!!」
「え〜〜〜?」

 俺は危ないところで服を脱ぎ続ける珊瑚ちゃんを止めた。
 もう少し遅れたら放送禁止のラインだったな……

「なんで脱いだらあかんの〜〜?」
「いや、その質問おかしいから。そもそも、なんで脱ぐ必要があるのさ?」
「だって、裸エプロンの方が貴明も嬉しいやろ〜〜?」
「そんなこと当たり前みたいに言わないでよ! 裸エプロンなんて駄目!!」
「え〜〜つまらんな〜〜」

 いえ、つまらなくないです……俺にはすっごく刺激的でした。

「今日は瑠璃ちゃんも居らんし、こんな時のために裸エプロン専用のエプロンも用意しとったのになあ……」
「あのねえ……って、裸エプロン専用のエプロンって一体なんなのさ?」 

 ここで俺は、ついうっかり専用エプロンについてツッコミを入れるというミスを犯してしまった。
 あらかじめ断っておくけど、俺は珊瑚ちゃんのボケに自然反応してついツッコミ返しをしてしまっただけだからな。
 けっして専用エプロンについて知りたかったわけじゃ……
 
「どんなエプロンだか、見たい?」

 珊瑚ちゃんは、にっこりと微笑んで俺にそう尋ねた。
 それは天使のように優しげで、暖かな笑顔だった。

「……………………イ、イイエ……、エンリョサセテクダサイ……」

 俺は自らが持てる理性を総動員させて、その甘すぎる誘惑をどうにか振り切った。
 ……振り切らなければならなかった……


 イルファさんや瑠璃ちゃんによく手入れをされているキッチンには、便利な道具がなんでも揃っている。
 これなら、なんでも出来そうだけど……
 凝った道具は、それだけ扱いも難しい。まず基本的なことから始めるべきだろう。
 そこで、珊瑚ちゃんにはまず包丁の使い方から教えることになった。
 正直これだけは避けたかったが、珊瑚ちゃん本人たっての希望なのだ。
 不安は尽きないが、まずは慎重に見守ろう。

「いい? 珊瑚ちゃん。さっき教えたとおりだから。あまり力は入れないでね?」
「う、うん……わかってるよ……」

 珊瑚ちゃんはそう答えるが……どう見ても分かっているように見えないな……
 まるで怯えるように子供のようにぎゅっと硬く目を閉じて、片手で包丁の握りのさきっぽを掴んでいる。

「珊瑚ちゃん、包丁はもっとちゃんと握らないと駄目だよ」
「だって、刃が怖いもん……」

 怖いって言ってもなあ……
 キーボードを叩く時にはあれほど器用に動く指先が、今は震えて縮こまっている。
 本当、人って向き不向きがあるものだ。

「そんな持ち方したらかえって危ないって。ほら、貸してみて」

 珊瑚ちゃんの手を取って、包丁の持ち方を教えてあげる。
 わっ。小さくて、柔らかい手だなあ……
 いやいや。気を引き締めてちゃんと教えないと、珊瑚ちゃんがけがをしてしまう。
 俺は珊瑚ちゃんの背中から覆い被さるようにして、肩越しに手を重ねる。
 べ、別にへんな気は起こしてないぞ。これはちゃんと教えるために必要なんだ、ほんとに。 

「ほら、こっちの手は猫さんの手みたいにして。こっちの手をこう動かすんだよ」
「こう?」
「うん。こっちはこう」

 珊瑚ちゃんと手を重ねて、何度か基本動作をやらせてみる。しかし、これはなあ……

「えへへぇ。こうしてると、ウチと貴明は新婚さんみたいや〜〜」
「こ、こら! ふざけてないで、ちゃんと憶えるんだぞ」
「はぁ〜い」

 うう……からかわないでくれよ……
 実際、俺もそれに近いことを考えていた所だ。
 確かに今の俺は、エプロン姿の珊瑚ちゃんを背中から抱きしめている格好なんだよな。
 しかも腕の中の珊瑚ちゃんが動く度に、全身に感じる柔らかい感触と、髪から漂ういい香りが……こう……
 …………
 …………っと!!
 い、いかんいかん……
 さっきから珊瑚ちゃんのペースにはまりそう……
 今日はブレーキ役の瑠璃ちゃんがいないから、余計に俺がしっかりしないと……
 でないとやばいことになりかねないぞ。

「さ、さあ。教えたとおり、もう一度最初からやってみて。珊瑚ちゃん」
「は〜い、旦那さまぁ〜」
「ぐはっ?!」

 甘い言葉を、甘い声で耳元に囁かれてしまった。
 か、勘弁して……   


 包丁の基本的な動作は一通り教えた。
 さて、いよいよ珊瑚ちゃんに一人で包丁を使ってもらう。
 ……大丈夫かな……

「ん〜〜、なかなか切れへんなあ……」

 ぎりぎりと包丁をのこぎりのように押し込む珊瑚ちゃん。
 角度とか、力加減とか、細かいところがやっぱり間違っている。
 うう……危険だな……
 こうしてすぐ側で見守っていると、珊瑚ちゃんに料理をさせたがらない瑠璃ちゃんの気持ちがよくわかる。
 正直、心配でたまらない。
『代わりに俺がやっておくから』という言葉が喉まで出かかっている。
 でも、それじゃあ意味がないんだよなあ。

「ちょ、珊瑚ちゃん! 包丁を振りかぶったりしたら、危ないって!!」
「え〜〜だって、この包丁切れへんもん」

 これは駄目だ……
 珊瑚ちゃんには申し訳ないけど、包丁を使わせることは諦めたほうがよさそうだ。
 ちょっとでも油断すると、指が落ちそうだ。

「珊瑚ちゃん、包丁はあきらめよう」
「そっかぁ……」

 珊瑚ちゃんは肩を落としてうなだれてしまった。

「大丈夫? 珊瑚ちゃん」 
「うん……ごめんな貴明……ウチ、駄目な子やから……」
「そんなことないって。さあ、別のことをやってみよう?」
「うん……」


 珊瑚ちゃんを励ましてみたけれど……
 その落ち込みぶりは隠し切れないな。
 さっきまで輝いていたあの笑顔が、またしぼんでしまったようだった。

 ――その後、お米を研いでもらったり、野菜を炒めてもらったり、いろいろなことを試してみた。
 珊瑚ちゃんは一生懸命取り組んでくれたけど……残念ながらどれも上手くいかなかった。


「あう〜〜疲れたぁ〜〜〜」

 休憩の為に居間に戻ってくると、珊瑚ちゃんはぐでっと潰れるようにテーブルに突っ伏してしまった。
 身体の疲れだけではなく、気持ちも落ち込んでいるのだろう。

「疲れただろ? これでも飲んで、一休みしよう」
「わ〜〜ココアや〜〜」

 珊瑚ちゃんはよほど喉が乾いていたらしい。一気にごくごくと飲み干してしまった。

「あ〜〜美味しい〜〜貴明は、ココアいれるの上手やね〜〜」
「あはは、これくらい誰にだって出来るって」

 俺は誉められすぎたのが照れくさくて、ついそう言ってしまった。

「そっか。でも……ウチには出来へんから……」

 俺の無神経な言葉に、珊瑚ちゃんはそう言って俯いてしまう。
 しまった……こんなこと言わなきゃ良かったな。
 さっきの誉め言葉、俺はお世辞みたいに捉えてしまったけど……珊瑚ちゃんはそんなこと言う娘じゃない。
 あれは珊瑚ちゃんの素直な気持ちだったんだな。
 それなのに俺は……


「……ごめん、珊瑚ちゃん……」
「ううん、ええの。貴明は悪くないよ」

 珊瑚ちゃんはちょっと困ったような笑顔を浮かべていた。

「ウチって、いっつもそうなんや。みんなができる当たり前のことが、上手くできへんから……どうしてもあかんの」
「そんなことないよ、珊瑚ちゃんはすごい才能をいっぱい持っているじゃないか」
「ウチが得意になれることは、たった一人でこそこそやってるようなことばっかりやねん」
「…………」

 その言葉を否定する材料を探したかったけど……俺には見つけられなかった。
 珊瑚ちゃんのコンピュータ技術もプログラム技術も天才的と言える程だけど、共同作業をしている所も見てないし……
 メイドロボのプロジェクトにしても、珊瑚ちゃんが設計者ではあるけど……
 なにしろ”だいこん、いんげん、あきてんじゃ〜〜”とかいってたもんな。
 あれで他のスタッフと意思の疎通がどれだけ取れているのか……
 
「瑠璃ちゃんも、一生懸命教えてくれたんやけど……ウチは迷惑ばっかりかけてたから……」
「……」
「ウチって、やっぱり駄目なんかなあ。みんなと一緒に、普通のことはできへんのかなあ……」
「珊瑚ちゃん……」

 珊瑚ちゃんにかけるべき正しい言葉をさがして……
 でも自分になにが出来るかなんて、やっぱり今の時点では分からないよな。
 そういうのは、いろんなことをやってみるしかないし。
 それでも、これだけははっきりと自信を持って言える。

「珊瑚ちゃんは、絶対に駄目な子なんかじゃないよ」 
「でも……やっぱり教えてもらっても、うまくいかへんもん……」
「いや、俺もやるべきことを勘違いしていたんだ。珊瑚ちゃんが上達して、いきなり明日にでも瑠璃ちゃんやイルファさんと一緒に料理できるような気がしてた。でも、いくらなんでもそんなこと出来るはずがないよな。そこまで高望みしなければ、出来る事は必ずあるはずだよ。それを一つずつ出来るようにしていこう」
「そうかなあ……」


 珊瑚ちゃんは、まだ自信なさげだな。
 まずは珊瑚ちゃんに自分にも出来るって思って欲しい。
 そのためにも、なんとか一品料理を完成させてあげたい。

「俺が初めて料理してみた時だって、たいした物は出来なかったよ」
「そうなん?」
「うん。苦労して、やっと一品だけ出来るようになった。その時には嬉しかったよ」
「ん……」
「そこから少しづつ始めていって、いろいろ出来るようになったんだよ」
「……ウチにも、ほんとに出来ると思う?」
「きっと出来るよ。珊瑚ちゃんが作れるまでずっと側で見てるから、もう一度頑張ってみようよ」
「うん……やってみる」

 それでも珊瑚ちゃんに料理を作らせるのは、やはり並大抵のことではなかった。
 格好つけている余裕はなさそうだ。こうなるともう、力技しかないだろう。
 その結論として、とにかく食べられる物を作ればいい。俺はそう考えた。


 上手に作ろうなんて、最初から思わないことが大事。綺麗に形を整えようなど、持っての他だ。
 包丁が使えないなら、野菜は手でちぎったり、はさみで切ったりすればいい。
 ご飯は研いだりせずに、鍋に入れてお湯で煮込んだ。おかゆみたいなものだ。まあ、食えなくはないだろ?
 味付けも最小限にした。細かい味付けなんて、俺にも珊瑚ちゃんにもわからないしな。

 そんな料理、見る人が見ればきっと笑うんだろうな。
 でもいいんだ。
 だって、俺は隣で見ていたんだ。
 例えこんな料理でも、少しづつ作り上げていく珊瑚ちゃんの顔に、だんだんと笑顔が戻って来たのを。




 こうして、やっとのことで作り上げる事が出来たものは、ほとんど切っただけ、煮ただけの食材の塊。
 素材を活かした、素朴な調理……とも言えなくはない……かな?

「あはは、これをみんなが見たら笑うかもしれへんなあ」

 珊瑚ちゃんが出来上がった料理を眺めながら照れたように笑った。
 もちろんあの二人なら笑ったりはしないだろうけど……
 確かに、イルファさんや瑠璃ちゃんの料理と並べられるのは辛い。
 
「でも、ちゃんと食べられるよ。まずいってほどでも無いと思うよ」
「そうかなあ……」

 お世辞にも上手とは言えないけれど。特に形はひどいものだ。
 でも最低限の調理を心がけたおかげで、食べられないほどひどくはない。
 瑠璃ちゃんとイルファさんが用意している食材は最高の物だし、だから味だけ見れば悪く無い。

「結構、おいしいよ」
「えへへぇ……そうかなあ〜〜」

 珊瑚ちゃんはえへへと笑いながら、自分で初めて作った料理を口に運んでいる。
 いつもは小食の珊瑚ちゃんだけど、今日は全部食べてしまいそうだ。
 
「でも、やっぱりウチはへたっぴいやったねえ」
「いつか上手になれると思うよ。それに、例え上手じゃなかったとしても、俺は珊瑚ちゃんと一緒に料理を作るの、楽しかったよ」

 二人だけで作った、珊瑚ちゃんの初めての料理。
 今日一日、珊瑚ちゃんが頑張ってくれたことは、俺にとってもやっぱり素直に嬉しい事だった。

「また二人きりになる機会があったら、一緒に何か作ろうね」
「貴明……」

 珊瑚ちゃんはきょとんとして俺のことを見つめる。
 そして――

「えへへぇ……やっぱりウチは貴明のこと、すきすきすき〜〜や」

 そう言って、突然俺に抱きついてきた珊瑚ちゃんは、いつも通りの元気な、元気すぎる珊瑚ちゃんだった。

                    上に

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