嫌な予感という物がある。
虫の知らせとか勘が働くとか、そういった物が作用して起きる物。
本能という言い換えだってできるだろう。
本能とは今まで生きてきた経験によって築かれる物であり、学習する事ができる。
つまり嫌な予感というのはこれまで学習した経験によって起きるのだ。
俺にとってこれは女性経験に当たる。
特に最近では女性に対する悩みが尽きない訳で。
二年に進級する前に、雄二に言われた女難の相というヤツだろうか。
流石に外国人女生徒に体当たりされたり格闘技に付き合わされたりはしないが、その代わりと言っては何だが自転車で追いかけ回されたり双子の片割れ にキスされたりもう片割れには手加減無しで殴られたり、ミステリ研会長には脅迫されたり、その他もろもろetc…。とにかく一言では言い切れないくらいの 災難が降りかかってきている。
そして今現在、極めつけの相手と向かい合っているのだが。

「さてたかりゃん、そろそろ現実に戻ってこないかい?」

言うまでも無い。俺をこう呼ぶ人は他に居ない。
前生徒会長であり我々の歴史上最凶最悪の先輩であり永遠の十四歳であるお人。
人々は口を揃えてこう呼ぶ。

まーりゃん先輩、と。










親御さんによろしく 〜 前編 〜












「それで、どういうご用件でしょうか」
今の状況をお伝えしよう。
今日は土曜日の午後で、学校が終わった後久しぶりに寄り道せず真っ直ぐ帰ってきたのだが、何故か玄関先でまーりゃん先輩が待ち構えており…。
まぁとりあえず入りたまへ、とか言われて無理矢理家に入ってきたのだ。
仕方なくリビングに招きお茶を淹れ、こうして向かい合っている。
「まぁ待ちたまへ。たかりゃんの淹れたお茶をたんのーしてるトコだから」
相変わらずのヘラヘラ笑いを浮かべながら制してくる。
出がらしのお茶とかにすればよかっただろうか…。
そんな事を考えながら、ふとした疑問が頭に浮かんだ。
「そういえば、よくウチの場所知ってましたね」
玄関先にて待ち構えられていたのだが、まーりゃん先輩に家の場所を教えた記憶は無い。
このみ、タマ姉、雄二。家の場所を知ってるのはこの三人くらいじゃ無いだろうか。
どういうルートで調べ上げたのだろう。
「夜の学校に忍び込んでクラス名簿ぶん盗ってきた。いやー、苦労したねー」
「先輩、それ普通に犯罪です」
無茶する人だと思っていたが、とうとう犯罪に手を染めてしまうとは。
ここは世の為人の為(何より俺の為に)警察に突き出した方がいいんだろうか。
あははーと笑っている先輩の手を掴んで立ち上がる。
「おおお?何だねたかりゃんこの手は。この先輩の愛らしさにドス黒い欲望をぶつけたくなったのかね?」
どうも先輩の中では俺=スケベの公図が出来上がってしまっている様だ。
「ダメだよたかりゃん。大人の時間は十一時を過ぎてからでないと。まだ日が高いよ?」
おーけー。改善を要求する意味も込めて、ここはやはり留置場くらいは入って貰った方がよさそうだ。
考えをまとめた俺は先輩を掴む手に力を込めた。
「警察行きましょうか」
ついでにお返しとばかりに俺もヘラヘラ笑いを浮かべてみた。
「何ー!貴様先輩を売る気かぁ!先輩不幸者ぉ〜〜!!」
案の定というか何と言うか、猛烈な抵抗をみせる。
「犯罪に手を染めた先輩を真っ当な道に戻そうと努力しているんです。俺くらいの先輩孝行者居ませんよ」
そういいつつも、俺は顔の表情を崩さない。きっと説得力皆無だろう。
「あんなの嘘に決まってるじゃんか〜!黒服の一杯居る所何て行かないぞー!」
「黒服言わないで下さい。というか限りなくリアルな嘘もつかんで下さい」
そう言って掴んでいた手を離した。
先輩は俺から身を守る様に飛びのく。強姦されそうになったリアクションのつもりだろうか。
「それじゃあホントのところは?」
冷め掛けたお茶を飲みながら、改めて質問してみる。
「え〜っと…言った方がいい?」
すると何故か先輩は非常に言い難そうにこちらを見る。
俺が無言で頷くと、俯いて視線を逸らした。
あ、今かなり嫌な予感が。
「昨日たかりゃんの後をコッソリつけてたの」
「ストーカーじゃないですか!」
やってる事は結局犯罪だった。
あっはっはと笑う先輩を尻目に、思わずため息をついたがふと昨日の事を思い出した。
「…昨日って…昨日のいつからですか?」
少し冷や汗を流しながら遠慮がちに質問した。
すると先輩はニヤリと不敵な笑いを浮かべる。
「たかりゃんはいつからだと思う?」
逆に質問されて返答に詰まる。
そう、昨日という日が悪かった。
何を隠そう、昨日は女難中の女難と言える人達、あの『姫百合一家』と一緒に居たのだ。
珊瑚ちゃんは普通に抱きついてくるし、瑠璃ちゃんは珊瑚ちゃんの押しで俺に抱きついて(抱きつかされて?)くるし、イルファさんもイルファさんで隙あらば俺の腕を取ってくる。
恐らく傍目から見るとハーレム。悪く言えば三股とかそういう物になってくる。
それを先輩に目撃されていたら…?
マズい。かなりマズい。俺の高校生活が終わってしまう。
いや、半分は既に終わってる気もする。クラスの男子の目とか狂気が渦巻いてるし。
しかしこれを口外されると残り半分まで終わってしまう。
「え〜っと…もしかして…いや、俺の気のせいだとは思いますけれども、気のせいであって欲しいと願わざるを得ないんですけれども………昨日…見ました?」
自分でも情けないくらい自信の無い声で尋ねる。
するとまーりゃん先輩は俺の目をジッと見てくる。
俺は逆に目を離せずに先輩の目を見つめ返す。
先輩は何も言わず、俺もそれ以上は何もいえなかった。
長い沈黙が始まる。
お互いに見詰め合って沈黙するというのは勘違いされそうなシチュエーションかもしれない。
しかし今の俺はそんな余裕も無い。かなり必死。
違う意味でバクバク鳴る心臓を押さえつつ、先輩の言葉を待つ。
俺の頬に一筋の汗が流れた。
そして、その時先輩の口が動いた。

「おしえなーい」

(ガンッ!)

気の抜けた声に思わず机とキスをしてしまった。
見ると先輩はまたヘラヘラと笑っている。
これはどう考えても遊ばれている。そしてバッチリ見られている。間違いない。
「それよりもー、たかりゃん。今日こうしてここに来た理由だけどさー」
恨みがましい目をする俺を放置して話を先に進めだした。
「あーそうでしたねー。何で先輩は俺をストーキングしてまでここに来たんでしょーねー気になりますよー」
投げやりに皮肉をこめた返事をする。
こうなると話の復帰は絶望的なので、他の話でごまかしておいた方がいいだろう。
「実はたかりゃんにお願いがあるのだよ」
俺の皮肉を物ともせずそう言った。
と、ちょっと待てよ。
「お願い?」
何とも珍しい。
いつもなら半ば強制に働かせる先輩がお願い。
まるで俺に拒否権があるような言い方をするとは。
「そ、お願い。簡単な事だから安心していーよ」
ヘラヘラ笑いを崩さずにそう言われても全く説得力が無い。
つい数分前の俺もこんな感じだったのだろうか。
とすれば怪しさも増すってもんだ。安心なんてできるわけない。
「とりあえず内容聞きましょうか」
話の承諾は後でもできる。
問題は話の内容で、俺にできるかどうかだ。姿勢を直して話を聞く体勢に入る。
「実に簡単な事だよ。実はねぇ…」
そう話を切り出し、次に何故か体をくねくね動かし始める。
ハッキリ言って怪しすぎる。というか怖い。
まさか『面白そうだから屋上バンジーをしてくれ』とか言い出すんじゃないだろうか。
いやひょっとしたら『久寿川先輩に告白しろ』とか!?
こ、怖すぎる!
いや別に久寿川先輩がどうとかじゃなくて!
ともかくそういう無茶な要望を突きつけられる気がしてならない。
先輩はくねくねもじもじしながら時折こちらをチラチラ見てくる。
その行為に顔を引き攣らせつつ、意を決して聞いてみた。
「実は…何ですか?」
すると、えっとねぇ、と言いながら体の動きを止めこちらを見た。
向こうも言うつもりになったのか、息を吸う音が聞こえる。
そして先輩から出た言葉は。

「たかりゃん!あたしと付き合っておくれ!」

「お断りします」

一秒で返事をしてお茶を片付ける準備をする。
とんだ時間の無駄だったなぁ。
「たかりゃんストップ!まだ話終わってないかんね!」
しかし断ったからといって素直に引く先輩ではない。
まぁそれは俺も解っていた事でこれで話が終わるとは思っていない。
「嫌ですよ。何で俺が先輩と付き合わなきゃならないんですか」
だがここは俺も引けない所だ。というかこれは頷いてはいけない。
先輩の事だから冗談で了承すると次の日には親に紹介されたりするだろう。
それは本当に冗談じゃないのでキッパリとお断りしておこう。
「ちゃんと理由も言うからさぁ。聞いておくれよー」
「普通は先に理由を言いますけどね」
仕方なく座りなおして、また話を聞く体勢を作る。
先輩はわざとらしく咳払いをしてから話し出した。
「実は昨日の事なんだがね」
俺は「はぁ」と適当に相槌を打ちながら耳を傾けた。



〜回想〜

朝霧宅にて
「麻亜子。アンタも十八歳になったんだし、そろそろ女らしくしたらどうなの?」
「アタシは永遠の十四歳だからいーの」
「そうね。そんなだから彼氏一つできないのね」
「なにをー!アタシだって彼氏の一人や二人いるってーのー!」
「またそんな見栄張って。うちに連れてきた事無いでしょう」
「だったらあさっての日曜日に連れてきたらいーんでしょ!紹介すればいーんでしょー!」
「本当に?見栄とか冗談じゃないわよね?」
「ホントだって!あたしだってちゃんと人並みの青春送ってるってーの!」
「じゃあ決まりね。日曜日空けておくからちゃんと連れてきなさいよ。あなたー!麻亜子が彼氏連れてくるってー!」
「本当か?くれぐれも、以前の様な事は無いようにな」
「……あ…はは……」

〜回想終了〜





「…という事があったのだ」
「つまり見栄を張り通して後に引けなくなったと」
ロクでもない事だろうと思っていたが、本当にそのとおりだった。
子供じゃあるまいし、と思うが逆にそういう所が先輩らしいと言えばそうかもしれない。
ところで親父さんの言う以前とは一体。
「そーなんだけどさー。ああまで啖呵切った手前、実は居ませんでしたー、何て出来ないしー。ここは一つたかりゃんにお願いしようかなと」
「お断りします」
再度返事をした後、またお茶を片付ける準備を始める。
午後から何しようかな、と考えて席を立つ。
「お願いだよー。あたしと付き合っておくれよぅー。このままじゃパパンとママンに笑い者にされるよー」
しかし席を立つ前にまたもや先輩からストップがかかる。
「嫌ですってば。大体それはまーりゃん先輩が悪いんじゃないですか。素直に怒られてください」
理由を聞いたが到底納得できる物では無いし、元々承諾できる物でもない。
「やーだ!パパンとママンを見返すのー!!」
まだ駄々をこねる先輩に呆れたため息をつく。
どうしたら引き取って貰えるか考え抜くが中々良い考えが浮かばない。
とりあえず苦し紛れの案を適当に言ってみる。
「大体何で俺なんですか。他の人に頼めばいいでしょう。同年代の人とか」
そう、この話は根本的に俺とは関係ないのだ。
よって俺が出る義務は無く、他の人でも良い訳で。
「うぅ…それは…」
しかしこれに何故か渋い顔をする。
「まさか…あれだけ学校で男前な事してたのに、男の友達居ないとか…」
「仕方ないだろー!これでも生徒会の仕事で結構忙しかったんだよー!高校の青春なんて学校に全部捧げたんだよー!」
そう言ってソファーに寝転がり、バタバタと暴れる。スカートの中が見えそうになって慌てて目を逸らした。
「あーもー、暴れないで下さい。じゃあ俺の友人を紹介しますから、そいつを代わりとして連れてって下さいよ」
ここで出た代わりの友人とは言うまでも無いだろう。
無類の女好き、雄二。
彼の趣味にまーりゃん先輩が合うかは問題だが、他の女性を紹介するとかの条件を付ければ引き受けてくれるんじゃないだろうか。
そう思い提案したのだが、これにも先輩は賛同の顔色を見せない。
「やだやだやだー!たかりゃんがいいのー!」
その言葉に思わず心臓が動いた。
よくよく考えれば、これって普通に『告白』なんじゃないだろうか。
付き合って下さいとも言われてる訳だし…。
そう考えると急に顔が赤くなってくる。
いや、落ち着け。相手はあのまーりゃん先輩だ。きっと深い意味も無いハズだ。
しかし嫌いな相手にこういう話を持ち出してくるだろうか…。
とすると、少なからず俺に好意を持ってくれている訳で…
「たかりゃんなら外見マジメっぽいし、パパンもママンもきっと気に入ってくれるからー。これで貴明君と遊んできなさい、とかってお小遣いくれたりするかもかも!だからー、たかりゃんじゃないとダメなんだよー」

「お帰りください」

前言撤回。やはり先輩は先輩だった。







「とにかく、俺はお断りですから。さっさと他の人見つけて下さい」
「えぇー、どうしてもー?」
結局、俺は断固断る事にして帰って貰う事に決定した。
先輩は不服そうだが、こんな話に解りましたという方がどうかしてる。
「仕方ないなぁ。たかりゃんがそう言うなら…」
諦めがついたのだろうか。顔を下に向けてそう呟く。
しかし何だろう、この嫌な予感は。何か大事な事を忘れている気がする。物凄くする。
そう考えている矢先に急に先輩が顔を上げた。しかもその表情はいつものヘラヘラ笑い。
…何かある。絶対何か企んでいる。
俺がそう訝しげにしていると、先輩は嬉々とした表情で
「たかりゃん昨日は何してたっけなー。たしかー、女の子三人とー…」
「うわああああああ!!???」
とんでも無い事を口にしてきた。
迂闊だった。何か忘れてると思っていたら昨日の事なのだ。
恐らくバッチリ見ていたんだろう。姫百合一家に言い寄られる格好を…。
何故「教えない」などと言ったのか、今現在、身をもって理解した。
つまりは最後の切り札としての脅迫材料。
俺がこの無茶な話を承諾しなければ…どうなるかは想像の通りだ。
結局、俺には最初からこのお願いを拒否する権利など無かった訳で…。
「わわわ…解りました。解りましたからその話は他の人には…」
選択肢はたった一つ。了解するしか無いのだ。
「おぉ!たかりゃんならそう言ってくれると思ってたよ!持つべき者は後輩だねぇ」
そう言って俺の背中をバンバン叩いてくる。
痛くは無いが、今はその衝撃が凄いムカついた。
「そ、その代わり!本当には付き合いませんよ!?付き合ってる振りをするだけですから!」
慌てて先輩の手を振り払い、最終防衛ラインを張る。
うやむやにされた後に本当に付き合う事になるのは絶対に避けたい。
そういった意味合いの妥協案を提示したが、まーりゃん先輩は少しだけ考える仕草をする。
「うーん…ま、それでもいっか。たかりゃんは一人じゃ満足できないみたいだしー」
ヘラヘラと笑いながら痛い所を突いてくる。
この様子じゃ昨日の三人は友達だって言っても信じて貰えないだろう。
いや…昨日の状況を見た人ならば、誰も信じないだろうなぁ。
「それじゃーたかりゃん。明日のお昼前に迎えにくるかんね。ちゃんとお化粧して待機しておいてくれたまへ!」
あっはっはと笑いながらリビングから去っていく。
バタンと扉が閉まる音が室内に響いた後、思わず天井を仰ぐ。
まさか本当に、承諾した次の日に親に紹介される事になるとは…。
捨て台詞のお化粧という言葉に、女装でもしてやろうかと思ったが忌まわしい過去の記憶が浮かび、すぐに却下。
明日はとんでも無い日になるだろうという不安で一杯になった。


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   以上が『親御さんによろしく(前編)』です。
   投稿者のKwood様、本当にありがとうございます。
   管理人として、心からお礼申し上げます。
   
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