――午前中・愛佳の場合――
あたしはいつも六時二十分に起床する。
「うぅ〜〜」
朝にはあんまり強くないので、目覚ましに起こされてもしばらくは頭が働かない。
郁乃のことをあまり笑えないかも。
これも案外遺伝なのかもしれない。
あ、でもあたし寝つきはいいんだよ? って、自慢になってないのかなぁ……
ベットサイドには、貴明くんの写真立てが置いてある。
少女マンガじゃあるまいし、別に何か話し掛けたりはしない。
しない……けど、心の中で『おはよう』とか、声を掛けたりはする。
別に変じゃないよね? それくらい。
郁乃に話したら溜息ついてたけど……
そ、それくらい普通だよね?
いつもだいたい七時半には学校に着く。
でも学校で貴明くんに会えるのは、授業が始まる直前になる事が多い。
幼馴染の向坂くんたちと一緒に通学してるから。
ちょっとだけ、うらやましいと思う。
あたしもたまには、貴明くんが早めに学校に着いて、バス亭から一緒に登校……
なんて、出来たらいいなあ。
でも、朝少しだけでも話せる時間があるときは、それだけで嬉しい。
――午後・貴明の場合――
お昼の休み時間、俺と愛佳は屋上にいた。
「はい、貴明くん。これ今日のお弁当」
「いつもありがとう、愛佳」
一人暮らしの俺の健康を心配して、愛佳は毎日お弁当を作ってくれる。
愛佳は特に凝った弁当を作るわけじゃないけど、なんか安心して食べられる内容なんだよ。
お弁当箱には、野菜や魚中心のヘルシーなおかずが丁寧に詰められている。
お弁当って、作る人の性格がよく分かる。
「お袋の味ってやつだよな……」
「それ、女の子を誉める言葉じゃないよぉ……」
と言いつつも、愛佳はちょっと嬉しそうだった。
「じゃあ、お弁当頂きます」
「はい。お願いします」
俺は弁当箱を探って箸を出し……
あ、あれ……?
「……愛佳、箸が無い……」
「ええっ? ご、ごめんなさい……あれ? あれれ? お箸どこに行っちゃったのかなぁ……」
失礼だが、箸は一人でどこかに行ったりはしない。
「いいよ、食堂から割り箸貰ってくるよ」
「でも……屋上からだと遠いから、時間かかるよ……お昼休みが無くなっちゃう……」
愛佳はちょっと落ち込んだようだが、ふとその表情が輝いた。
「あの……前回はアレだったけど、今度こそあたしが食べさせてあげる!」
「ええっ?!」
以前、この屋上で『恋人ごっこ』をした時の悪夢が蘇る。
『ほら貴明くん、口をあーんして……』『ぐりぐり……』
な、なんか鼻の穴が痛くなってきた気が……
「愛佳、あれに挑戦するには俺たちはまだ未熟すぎるのでは……」
「だ、大丈夫! あれからあたしいろいろ練習したかから。ちゃんと上手に出来ると思うの!」
練習って……お前はいったい誰とどんな練習をしてきたんだ?
相手は由真か? 郁乃か?
二人の鼻の穴は大丈夫だったのか?
迷惑かけたなら、俺から謝ったほうがいいのだろうか。
俺の悩みをよそに、愛佳はとっくにやる気まんまんだった。
恐ろしいことに。
「じゃあ、行きます……まずあたしのお箸を……お箸……?」
「……どうした? 愛佳」
「あ、あたしの方にも、箸が入ってないよぉ……」
愛佳さん、それは入ってないんじゃなくて、あなたが入れなかったんです。
鼻に箸を突っ込まれずにすんだのはありがたいけど、この弁当はどうしたものか……
俺は箸のない弁当箱を手に溜息をついた。
……ほんと、お弁当って作る人の性格がわかるよな……
結局、愛佳が隠し持っていたプリンに付属していたスプーンを使って弁当を食べた。
プラスチックのスプーンは使っているうちにばきばき折れたけど、愛佳はプリンを五つも買い込んでいたので、なんとかなった。
……って、プリン五つも買ったのか? 俺は愛佳の健康のほうが心配だ。
放課後は、だいたいは愛佳と一緒にクラス委員の仕事や学校行事の雑用をしている。
とはいえ、文化祭など特別な行事が控えている時期でもなければ、二人で慌てるほど忙しくはない。
だから特に急ぐこともなく、のんびりと世間話でもしながら、
休憩をはさんでお茶でもの飲みながら、二人で少しづつ作業を進めていく。
言ってみればちょっとしたデートのようなものだ。
今日も愛佳が淹れてくれた紅茶を飲みながら、のんびりと休憩を楽しんでいる。
「今日もいい天気だよねぇ……」
「ああ……」
「だんだんあったかくなってきたねぇ……」
「そうだなぁ……」
ずずっ……
ふう……お茶が美味い……
今日も学園は平和そのものだ。そうそう事件など起こらない。
普通の若い恋人同士にとっては、いささか刺激の足りない毎日かもしれないが。
「まあ、俺たちはこんな毎日でもいいよな、愛佳?」
「…………」
「愛佳?」
「……ぐう……」
寝てるし。
いや……それはのんびりしすぎだろ、愛佳。
それにしてもついさっきまで話してたのに、なんと寝つきのいいことか。
愛佳は実に平和そうな顔で眠っていた。
その寝顔は、だらけきってはいるものの、見ようによっては天使に見えないこともない。
これも愛情ゆえにのことだろうか……
そうだ。
ちょっとしたいたずら心を起こして、携帯のカメラで愛佳の寝顔をパチリ。
後で写真立てに飾ろうかな。
愛佳は怒るかもしれないが。
と、愛佳がぶつぶつと寝言を呟いていることに気付く。
「えへへ……貴明くん……じゃがばたぁの、でんぐりがえりぃ………」
なんじゃそりゃ。
いったい夢の中の俺と愛佳は、じゃがばたぁのでんぐりがえりを見ながらどんな時間を過ごしているのだろうか。
愛佳が起きたらぜひ聞いてみよう。
上に
以上が『愛佳と過ごす ごく普通の日常』です。読んで下さった方が居ましたらありがとうございます
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