タイトル   
 それはごく普通のいつもどおりの朝だった。
 なんの気なしに開いた朝の学校の下駄箱。
 俺の上履きの上に、ひっそりとその白い封筒は捧げてあった。
 内容はその封筒と同じく飾り気の無い、でも率直な一文。
いわく、

『 拝啓  河野 貴明様
  あなたのことが
  ずっと ずっと好きでした 』


 「え……っと?」

 状況もわきまえず、俺は思わずじっとその内容に見入ってしまった。
 隣で雄二がそれを覗き込んでいることにも気付かずに。

[タイトル」

 ラブレターを貰ったところを雄二に見られた。
 そうなると、当然この二人にも知られてしまうわけで。

「で、誰からの手紙だったのよ?」
「タカくん、ラブレター貰ったんだね」
「…………」

 屋上。三人に囲まれている。
 目の前には四人分の弁当。
 授業前、放課時間はなんとかして逃げ切れた。
 けど、皆で昼食を取るこの時間だけは逃げようも無い。
 目の前には二人の作った弁当箱。その蓋はまだ閉じられたままだ。 
 俺が話しを始めるまで、この蓋が開けられることはないのだろう。
 降参だ。

「分かったよ、話せる範囲で話すから」

 手を挙げるしかなかった。 
 交渉しようにも、俺には手札も無い。 
 人は食事を食わなければ生きていけないのだ。 
 だったら食事を作る人間が一番偉いのかもしれない。

「もちろんプライベートは守るわよ。
 他人に口外することなんて絶対無いから。安心しなさい」
「うん」

 タマ姉はなんだかんだ言ってもそういう約束を守ってくれるだろう。
 雄二は少し怪しい。 
 このみに至っては全く信用できない。
 本人に悪気は無い、とは思うが秘密を守れない人間であることには間違いは無い。
 しかし、この場合はあまり大きな問題ではなかった。
 そもそも漏らすべき秘密が無いのだ。

「実は……手紙には名前が書かれていなかったんだ」
「「ええ〜〜??」」

 一同驚く。
 俺にとっても驚きの事実。
 しかし手紙にも便箋にも、どれだけ見直しても贈り主の名前を見つけることが出来なかった。

「名前を書き忘れちゃったのかなあ?」

 このみは言うが、しかしいくらなんでもラブレターの名前を忘れるのはひどいだろう。
 よほど慌てていたのだろうか。

「名前を忘れた? 本当にそうなのかしら」

 タマ姉はひとり首を捻る。    
 何か不思議に思うことがあったのだろうか。

「で、手紙の送り主に心当たりは?」
「無いよ」

 手紙の内容はいたってシンプルだ。 
 贈り主の特徴を表わすような文章は見つけられない。

「タカ坊、よかったらその手紙をわたしに見せてくれないかしら?」
「いや、それはやっぱりダメだよ」

 なにしろ女の子からの手紙である。
 そうそう人にみせるべきじゃないと思える。

「タカ坊は気が付かないことでも、わたしたちが見れば気付くことがあるかもしれないわよ。
 誰が手紙を書いたのか分かるかもしれない」
「へっへ、さっすが姉貴。今のうちにライバルを見つけ出して始末を……ってあだだだだっ、ギブ、ギブ!」

 雄二の不遜な言葉にタマ姉のアイアンクローが唸りをあげる。
 奴の頭蓋が軋む音が平和な校舎の屋上に響き渡る……というのはさすがに過剰表現だけど。
 しかしこうなるって分かってるはずなに、なんで雄二は懲りないんだろう?
 いつも不思議で仕方ない。
そして無残にも足元に転がる雄二。

「まあいいわ。今日のところはこれくらいにしてお昼にしましょう」

 それですこし気が晴れたのだろうか。 
 タマ姉がそう言ってくれたので、なんとかその場をやり過ごすことが出来た。
 授業も終わり、自分の部屋に帰った俺はなんどもその手紙を読み返す。

「あなたのことが、ずっと好きでした……か」

 それはどんな気持ちだったのだろう。
 こんな俺の何処を好きになってくれたのだろうか。
 わからない。
 風呂上りの身体が冷たくなってきた。
 電気を消し、布団にもぐりこむ。
 しかし目を閉じても頭に浮かぶのは、あの手紙のことばかりだった。
 おかげでろくに眠れなかった。


 
 次の日。
 二時間目の現国の時間。

「ではこの問題の回答を……おい、河野。やってみろ」
「…………」
「こら、河野!」
「あ、はい、すいません」
「聞いてなかったのか?」
「はい、ちょっとボーっとして……」
「なんだ?また女のことでも考えてたのか?」
「はい」
「「「「「「「「てめえ!そこで『はい』とか言うなよ!!!」」」」」」」」」」
「ええっ?!」
 
 先生含め、クラス全員から総ツッコミを受けた。
 そして三時間目の放課後。 

「あのね、河野くん。
 何か悩み事でもあるの?」
「…………」
「も、もし悩みがあるんだったら、わたしがきいてもいいかな、とか、駄目、かな……?」
「…………」
「わ、わたしもいいんちょう……じゃなくて、副委員長だし、
 クラスメイトだし、一応……」
「…………」
「あ、あの……」
「…………」
「う、うわああああん!
 河野くんが、河野くんが不良になっちゃったよ〜〜〜〜!」

 俺がふと気が付くと、目の前でなぜか小牧さんが大泣きしていた。
 どうしたんだろ?
 こんな感じで、一日じゅう俺はぼーっとしていた(らしかった)
 よく憶えてないけど。


 そしてまた昼食の時間。

「タカくん、また溜息ついた」
「え?」
 
 このみの不安そうな眼差し。
 みるとタマ姉も同じような顔をしていた。

「溜息つくと、幸せが逃げるわよ」
「そうだね……」

 また溜息。 
 雄二はそれを見て意地悪く笑う。  

「手紙のこと、結局気になってるんだろ?」
「……」
「貴明っていつもそうだよな。
 女に興味無いとか言ってるくせに、いつも女のことでうじうじ悩んでやがる」
「……」
   
 図星であるだけに、答えたくなかった。
 しかし、答えなくても当然気付かれていることだろう。
 
「わたし、タカくんが心配だよ」

 ずっと大人しくしていたこのみが呟く。

「昨日も夜遅くまで起きていたみたいだし。
 手紙の人を見つけるまで、タカくんずっとこのままかも」
「そうね」

 タマ姉はこのみをいたわるようにそっと髪を撫でる。
 そして俺に向き直った。

「タカ坊。やっぱり、手紙を見せてもらってもいいかしら」
「分かった」

 俺は結局手紙を差し出した。
 手紙を見られたくないという気持ちは、実は今でもあまり変わらない。
 でもこうして誰かを不安にさせるのなら、その気持ちは俺のわがままでしかないのだろう。
 短い手紙だ。皆が目を通すのにはほとんど時間がかからない。
 
「やっぱりこれだけだと誰が書いたかは分からない……よね?」

 手紙を読んだこのみが、みんなの同意を求めるように言った。

「なあ。こんなこと言うのもなんなんだけどよ」

 手紙を手にして雄二が呟く。
 すこし険しい顔をしていた。

「これ、悪戯なんじゃねえか」
「えー? そうかなあ」
「だってよ、『好きだ』って書いてはあるけど。
 これから付き合おう、とか今度会いましょうっていうか。
 ええと……」

 それだけ言って、言葉を捜すように黙る。

「ようするにさ、『この先』がねえんだよ。この手紙には」
「そうよね」
 
 続けた言葉に、タマ姉も頷く。

「そこが気になる点よね」
「先の無い手紙だからさ、もらってもどうしょうもねえだろ。
 しかも名前も書いてないから相手を探すことも出来ねえし」
「確かにそうだけど」
「これを仕掛けた奴がどっかから監視してて、戸惑ってる貴明を見て笑ってるのかもしれねえ」
「そんなひどい人がいるのかなあ……」

 このみは信じられない、と首を傾げる。
 でも現実にありそうな悪戯ではある。
 小学生の頃、そんなひどい悪戯をしたやつがいたな。

「この手紙はおかしいけど、でも悪戯でもないと思うわね」
 
 しかしタマ姉はそうは思わなかったらしい。

「どうしてだ?」
「なんとなく、よ」
「わたしも悪戯じゃない……と思う」

 このみとタマ姉。女性陣二人は悪戯という意見に反対。
 その論拠には乏しいのだが、女性の直感は無視できない気もする。
 悪戯。本物。はたしてどっちが……
 
「ねえ、ふたりとも」
「どうしたの? このみ」
「タカくんがますます悩み始めちゃった」
「「あ……」」
「どうしよう。やっぱり探そうか、手紙の人」
「そうね。みんなで心当たりを当たってみましょう」
「俺にまかせておけよ。貴明」

 雄二が親指を立てる。
 なにかの演出のつもりらしいが、似合ってない。

「実は俺、昨日からいろいろ探ってたんだ」

 こういう時の雄二の行動力だけは感心する。
 しかし、その結果はいつも当てには出来ないのだが。



 放課後、雄二の先導で俺達が訪れた場所。  
 
「茶道部かあ」

 東校舎の三階はいわゆる部室練になっている。
 部活動に参加している生徒でなければあまり訪れる機会は無い。
 俺もここに来るのは初めてだった。
 
「貴明、この部には三ヶ月前に転校してきた女の子が入部してるんだ」
「転校生……」
「知ってるか?」

 知ってる。
 俺は彼女に何度か会ったことがある。

「その子が、貴明のことを気にしてるって噂があるんだ」
「え〜? まさか」

 とてもじゃないが信じられない。
 俺が出会った彼女は、礼儀正しくそして美人で明るい女の子だった。
 すでに校内の男子の評判は高い。
 そんな女の子が俺のことを気にしてるなんて。

「何かの間違いじゃないのか?」
「まあ、とにかく会ってみる価値はあるだろ。
 もう話は通してある。入ろうぜ」
    
 本当に手が早い。
 部室練の引き戸を開けると、そこにあったのは和室。

「すご〜い」

 このみの驚いた声が俺の気持ちと重なる。
 まさか、校舎の一室がここまで改装されていようとは思わなかった。
   
「結構本格的だなあ」

 部屋の中央にはお茶をたてる為の道具があった。
 それを囲うように卍型に仕切った畳が敷しかれている。
 四季に会わせた花と掛け軸。
 そしてその和室の中央に着物姿の女子が正座していた。

「こ、こんにちわ……」 
「はい、こんにちは」

 意外にもくだけた返事。
 そして優しくて明るい笑顔が返ってきた。
   
「お客様が見えると聞いてましたので。
 おもてなしの準備をして待っていたんです」
「ありがとう」
「面倒かけるわね」
「いいえ。
 お客様をおもてなしするのが茶道部ですから。
 だから、どうぞごゆっくりしていってください」
「お、俺は二年の向坂雄二です。
 で、こっちが俺の姉貴の環」
「えと、柚原このみです……よろしくお願いします」
「えっと俺は……」
「河野貴明さん、ですよね?」
「あ、はい」
「草壁優季です。宜しくお願い致します」

 転校生――草壁さんは、畳に手をついて静かな動作で礼。
 それは華麗な姿だった。
 茶道部の訓練の賜物だろう。
 


 草壁さんの手は静かに動いてお茶の用意を整えてくれる。
 別に強制されたわけでもないが、俺達は全員用意された座布団の上に正座していた。
 この場所に流れる空気と雰囲気がそうさせたのだと言えるかもしれない。
 和室は本物の茶室みたいに整えられていた。
 花瓶と水差しもちゃんと用意されている。茶釜まであった。
 校舎の一室をここまで作り上げるのは大変だったろう。

「顧問の先生は本物の茶道の師範もなさってるんです。
 だから部活の指導にもいろいろとよくしてくださるんです」
「素敵な部活ね」
「わたしもそう思います」
「着物姿、すっごく似合ってます」
「まあ。ありがとうございます」

 このみに褒められて、草壁さんははにかんだ。
 でも、草壁さんには本当に着物姿が似合っている。 
 紫陽花の柄をあしらった着物。
 長い黒髪。
 背筋をぴんと伸ばし、正座する草壁さんが整えられた和室に座っている。
 その姿をじっと見ていたこのみが呟いた。

「いいなあ。着物、わたしも着てみたいなあ」
「是非着てみて下さい。きっと似合うと思いますよ」
「えへぇ……そうかなあ」

 頬をほころばせるこのみ。
 微笑ましい光景だった。しかし雄二はそれを意地悪く笑う。
  
「チビ助が着たら七五三だな」
「むう……ユウ君の意地悪」
「最低ね」
「最悪だ」
「非道ですね」
「う……」

 空気の読めない男に皆から集中砲火が集まる。

「わ、悪かったよ。でも着物って簡単には着れないんだろ? 高そうだし」 
「そうでもないわよ」

 タマ姉が口を挟む。

「最近は誰でも着られるお手軽な着物もあるのよ」
「はい。本格的な着物ではないんですけど。
 難しい着付けの必要がありませんし、それほど高価ではありませんから」

 わたしのもそうですよ、と草壁さんは軽く着物の袖を振ってみせた。
 ワンピースのような単純な構造で作られているそうだ。

「わたしも着物が着てみたくて、この部に見学に来たんです。
 見学者は着物を着せてもらえると聞いたので」
「なるほどね」

 タダで着物が着せてもらえるなら一度くらいは着てみたい、と思う女の子は多いだろう。
 それは勧誘の手口として、なかなかに有効だと思えた。

 さて。
 こうして丁寧にもてなして貰えることは大変ありがたいんだけども。
 ちょっと空気が真面目すぎてラブレターのことなんか聞きにくいな。
 ちらり、と雄二を見る。

『雄二』
『なんだよ』
『お前が聞いてくれよ。いいだしっぺなんだし』
『わ、わかったよ……』

 雄二は咳払いをひとつ。
 いつもと違う、少しかしこまった口調で用件を切り出した。

「なあ。草壁さんって、貴明に手紙……とか書かなかったか」
「手紙、ですか?」

 問われて答える草壁さんの表情に純粋な驚きを感じて。
 それだけでもう、この娘が手紙の贈り主ではないことが分かってしまった。

「わたしは河野さんに手紙を書いたことはありません」

 はっきりとした答え。
 そこに隠し事や秘密を持っているような雰囲気はまるで感じなかった。

「あの、失礼ですけど何かあったのでしょうか」

 そして草壁さんが遠慮がちに尋ねる。
 俺たちは顔を見合わせる。 

『タカ坊さえよければ、話してもいいんじゃない?』

 好き勝手に質問しておいて、その理由を話さないままというのはさすがに気まずい。 
 それに草壁さんならむやみに人に話したりしないと思える。 

「実は……」

 俺は草壁さんに会いに来た経緯を簡単に説明する。
  
「まあ。ラブレターですか」

 話を聞いた草壁さんが目を丸くする。
 そりゃ、そんな話を聞けばさすがに驚くだろう、とは思っていたけど。

「貴明さんがラブレターを……そうですか」 

 彼女はもう一度呟く。
 綺麗な瞳をいっぱいに見開いて俺の顔を覗き込む。
 そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど……

「どうかその手紙、見せていただくわけにはいかないでしょうか?」
「う、うん。いいよ」
 
 その静かな迫力に押されて持ってきた手紙を差し出す。
 草壁さんは受け取ったしばし凝視していた。 

「差出の方のお名前が無いんですね……」
「ああ。だから悪戯じゃないかって思ったんだけど」
「きっと、悪戯じゃないと思います」

 草壁さんは手紙を丁寧に畳み、俺に返してくれた。 

「正直で素敵な手紙です。誰かをだまそうという人はこのような手紙を書かないと思います」
「あなたが書いたものじゃないのよね?」
「ええ。わたしだったら好きな人には直接『好き』って言いますから」

 言いながら、草壁さんは何故かまた俺のことをじっと見ている。
 そんな風に『好き』とか言われると、まるで自分が好きだって言われてるみたいでドキドキするのだ。
 しかし勿論、そんなものは錯覚だ。
 この手紙を書いたのだって、草壁さんじゃないって言ってるんだし。  

「あなたには、今好きな人が居るの?」

 でもタマ姉も同じことを感じたのかもしれない。それはぶしつけとも思える質問だった。  
 しかし草壁さんはのんびりと答える。

「ふふ。それは恥ずかしいので言えません」

 微笑んでそう言う草壁さんは、でも言葉とは裏腹にちっとも恥ずかしそうな顔には見えない。
 でも、やっぱり好きな人がいるのか。そ、そうだよなあ……はあ。

「あ、あの……ちょっと聞いていいですか?」
 
 このみが遠慮がちに手を挙げる。
 まるで先生に質問する生徒みたいだ。

「はい、なんでしょう?」
「好きな人がいるのに、どうして告白しないんですか?」
 
 空気を読めっ!
 と、思わずそうつっこみたくなった。
 皆が聞きたくて聞けなかったことを堂々と聞けるのはすごいかもしれないが。
 しかしそのストレートな物言いに感心したのかもしれない。草壁さんは意気込むこのみに優しく微笑んで答える。

「わたしが好きな人は、とても真面目で繊細なんです。
 きっと誰かに好きだって言われても、簡単には受け入れないと思います。
 だから、今のわたしが告白してもきっと上手く行かないと思うんです」
「ああ、そういう鈍感な人もいるわね」
「誰とは言わないけどな」

 ? 誰のことだろう。
 草壁さんにこんなに好かれてるのにそれに気が付かないなんて。
 そんな男のことが羨ましいと思った。

「そいつは告白しないかぎり、いつまでも気付かないと思うぞ。
 好きだっていうなら何か行動しないと」

 雄二がまた余計なことを言う。
 しかし草壁さんは首を振って否定した。

「そういう考え方も正しいのかもしれないけど。でもわたしの考えは違います」

 それは優しささえ感じる穏やかな口調。
 でも背筋を綺麗に伸ばして正座する草壁さんの姿はとても堂々としている。

「わたしはその人のことが本当に好きなんです。
 だから振られてもいいとか、あたって砕けろとか、そんな気持ちで告白なんて出来ないです」

 草壁さん話しながらお茶の後に飲む白湯を用意してくれている。
 その動作には淀みが無い。

「だから今はすこしずつでもその人と一緒に過ごせる時間を積み重ねて。
 その先にいつかわたしが好きって言える瞬間が、きっとあると信じてるんです。
 だって、本当にその人のことが好きなんですから」

 そう呟く草壁さんの瞳はとてもまっすぐで。
 俺はそこにあの手紙を読んだときに感じたような、とても純粋な想いを感じてしまうのだった。
 けど草壁さんは違うって言ったし。
 正直に言って、そこまで草壁さんに思われているその人がとても羨ましい。 
 けど、その気持ちを大切にして欲しかった。

「一緒に見たい場所。一緒に叶えたい夢がたくさんあるんです。
 だからいつかはきっとその方にお茶を淹れておもてなししたいとずっと思っていました」
「うん草壁さんの気持ち、きっとその人に届くと思うよ。だから頑張ってね」
「……はいっ、ありがとうございます!」
  
 そう答えてくれた草壁さんは。
 今日見せてくれたたくさんの笑顔のなかでも、ひときわ素敵な笑顔を俺にみせてくれたのだった。

 
 草壁さんの用意したお茶を堪能して、俺たちは茶道部を後にする。
 
「草壁さんじゃなかったみたいだな」
 
 今出てきた茶道部の方を振り返りながら雄二が呟く。
 
「てっきりあの子かと思ったんだけどなあ」
「でも、好きな人がいるって言って……」
「本人が違うといっているんだから。余計な詮索はよしましょう」
「そうだな。じゃあ次の候補に行くぞ」
「次? まだ次があるのか?」
「あたりまえだろ。ちゃんと二十人分の候補を用意してあるぜ」
「に、二十人……」

 雄二はメモ帳をめくりながらとんでもないことを言う。
 本当、この行動力だけは尊敬するんだよ……行動力だけは。

「で、次はここだ」
「ここって……コンピューター室じゃないか
 ここに次の候補が居るっていうのか?」
「当然」

 雄二はまたも先頭に立って扉を開けた。
 
「お邪魔しま〜す」
「まあ貴明様、いらっしゃいませ」
「あれえ、イルファさん?」

 何故彼女がここに居たのだろう。
 もしかして手紙の……
 
「ちょっとお届けものがありまして。こちらに寄らせていただいたんです」
「あ、そうなの」

 さすがにイルファさんは違うよなあ。となると。 
   
「あ、貴明〜〜いらっしゃ〜〜い」
「なんや。来たんか」
 
 青空のような爽やかな笑顔で挨拶してくれるの珊瑚ちゃんと、そしてその隣にいるのが。

「また、変なことしにきたんか?」
「またって言わないでよ」

 まるで俺がいつも変なことをしてるみたいだ。
 瑠璃ちゃんからみたらその通りなんだろうけど。もちろん俺はそんなつもりない。

「なんの用や」
「ええと……」

 睨まれて、思わず雄二を振り返る。 
 慌てる俺を見て、しかし雄二は意地悪く笑っているだけだ。

「で、雄二。誰が候補なんだ?」
「お前は誰だったら嬉しいんだ?」
「くっ……」

 この野郎。

「なんてな。俺の予想した候補の一人が……」

 雄二が指さした。

「な、なんや……?」
「ええっ、まさか瑠璃ちゃん?」
 
 雄二の指先は瑠璃ちゃんをさしていた。
 いや、いくらなんでもそれは無いだろうと思うが。
 しかし雄二には自信があるらしい。

「瑠璃ちゃんが、貴明の靴箱のあたりでときどきなにかやってるのをいろんな人が見てるんだ。
 きっとあの手紙を入れたのは彼女だ」

 いや、それは違う。
 瑠璃ちゃんは俺の靴箱にときどき悪戯をしているんだ。
 といっても最近は瑠璃ちゃんも丸くなったのか、以前みたいに画鋲みたいな危険なものを入れたりはしない。
 ビー球とかお菓子の残りとか、漫画の切れ端のページとか。
 そんなよく分からないなものがときどき入っているだけだ。 
 瑠璃ちゃんの意図はわからないけど、危険は無いので放置している。
 イルファさんの件があって、瑠璃ちゃんとも少し打ち解けたような気がしていたけど、
 こんなことしてくるくらいだから、まだ嫌われているのかなあ。

「あのさ、瑠璃ちゃんは貴明に手紙とか出したことあるか?」
「あるよ〜〜」

 雄二がそう瑠璃ちゃんに質問したはずが、しかし返事をしてくれたのは珊瑚ちゃんだった。
 
「ずっと前に、瑠璃ちゃんいっしょうけんめい手紙書いてたもん」
「そうなの?」
「うん、そうや。いっぱい、いっぱい書いとった〜〜」
「いっぱい?」
 
 そんな手紙なんて俺は貰って……あ、あれかあ?
 思い出した。たしかに俺は瑠璃ちゃんからは手紙をいっぱい貰ったことがある。
 ちなみに中身は全部一緒。
 ただ一言、『ふこうのてがみ』って書いてあった。
 どうやら俺に不幸の手紙を書こうと思ったらしいけど、中身までは詳しく知らなかったみたいだ。
 皆不思議そうに顔を見合わせる中、俺からは真実を言い出しにくかった。 
 瑠璃ちゃんは知らん振りを決め込んだらしく、さっきからずっと黙って視線を外している。

「あの、手紙がどうされたんでしょうか?」

 皆が黙りこんだ為か、今まで静かに成り行きを見守っていたイルファさんが初めて口を開いた。

「ほら。これ、貴明がラブレターを貰ったんだけど。でも送ったのが誰だか分からないんですよ」
「まあ」
「おい、こら」

 雄二が勝手に俺から手紙を取り上げてイルファさんに渡してしまう。
 こいつ、本当にメイドロボには弱いな。
 イルファさんは手紙を読んで楽しそうに微笑む。

「あらまあ。本当に恋文ですね。”ずっと好きでした”なんて。
 貴明様はもてもてですね」
「さんちゃんがおるのにそんな手紙もらうなんて! このはんざいしゃ! ヘンタイ!」
「なんでそうなるんだよ……」
 
 ラブレターを貰ったら、犯罪者なのか。
 よくわからんけど、それは瑠璃ちゃんにとってよほど腹のたつことらしい。
 真っ赤になって怒っている。
 このままじゃおさまりがつかないな。どうしようか。

「あのさ、瑠璃ちゃんがラブレターの送り主ってことは絶対無いから」

 とにかく、この場をおさめる必要があると思った。
 本当にただそれだけの理由だったのだ。

「俺、瑠璃ちゃんに嫌われてるみたいだから。だからラブレターなんか貰うはずないよ」
「え……?」

 あれ? 俺なんか変なこと言った?
 なんでみんな俺をそんな目で見るの?
 
「う、う、う……」
「あ、あの、瑠璃ちゃん?」

 瑠璃ちゃんはさらに全身を震わせて怒り……
 あれ? 俺の身間違いじゃなければ、その瞳に滲んでいるのは涙。

「うわああ〜〜〜ん、貴明のあほあほあほ〜〜〜!」

 な、なんで瑠璃ちゃんは泣いてるんだ?
 なにも泣くようなことはしてない――とも言えないのか。
 ちょっと俺の言い方もきつかったのかな。

「ご、ごめんね、瑠璃ちゃん」
「あほう……」

 珊瑚ちゃんは泣いている瑠璃ちゃんを抱きしめて頭を撫でる。 

「貴明もざんこくやな〜〜 でも素直になれない瑠璃ちゃんが一番悪いんやで〜」

 素直になれない? なんのことだろうか。

「では、わたしたちは帰りますね。
 この部屋の鍵、閉めてしまってもいいですか?」
「あ、うん」

 遠まわしに、『今日は帰ってもらえますか』と言われているように感じた。
 気まずい状況ではあったし、俺たちは素直にそれに従って部屋を出た。
 
「はあ……」

 自然と口からこぼれてしまった溜息。
 女の子を泣かせてしまった。
 
「じゃあ次、行こうぜ。次の候補は」
「いや、もうやめよう」
「貴明?」
「きっと、これ以上は人に迷惑をかけるばかりだと思うだから、いいんだ」
「タカくん……」

 瑠璃ちゃんを泣かせてしまった。
 手紙とは直接関係ないことかもしれないけど、でも俺が原因には違いない。
 草壁さんのことだって、言いたくないことを俺が言わせたのかもしれなかった。
 これもそれも俺のわがままがもたらしたことではなかったか。

「もう、手紙の人を探すのはやめよう」
 
 俺がそう言うとみんな頷いた。 

「そう。わかったわ」
「貴明がそう言うならそれでいいさ」
「え?」

 みんながすぐに同意してくれたことに少し驚く。

「タカくんは……それでいいんだよね? もう落ち込まないよね?」

 このみが不安そうに俺の手を握った。

「あ、ああ。もう平気だから」
「全然平気に見えないよ。わたしタカくんが心配だよ」
「そうよ、そんな落ち込んだ顔しないの。
 タカ坊を好きになった人だって、あなたが落ち込むところなんて見たくないはずよ」
「そうかな」
「ええ。きっとそうよ」

 そう言ってタマ姉が肩を叩いて励ましてくれる。
 胸に詰まっていた何かがずっと溶けていくようだった。

「それに、ずっと好きでいればきっとまた会うことは出来るわ。
 好きな人の為だったら、女の子は遠い場所からでも帰ってこれるものよ。
 そのとき落ち込んだ顔をみせたら、その子だって悲しむわよ」
「うん! その時は、また一緒にその人を探そうよ。わたしも手伝うから」 
「このみ、タマ姉……ありがとう」 

 自分には、こんなに頼もしい友達がいる。
 いつまでも落ち込んでいるのはよくないよな。

「じゃあ、アイスでも買って帰りましょうか」
「今日はタカくんのおごりだからね!」
「ああ、当然だな」
「…………」

 しかし、友情は無料ではないみたいだった。
 まあ、これくらいは当然だけどね。





「ええ〜〜!? 貴明が貰った手紙の送り主を知ってる?!!」

 貴明たちが去ったコンピューター室。
 そこでイルファ、珊瑚、そしてさっきまで泣いていた瑠璃が話し込んでいた。

「な、なんでイルファがそれを知っとるんや。まさか……」
「いえ、手紙を書いたのはわたしじゃありませんよ。
 それに、これはわたしのただの想像です。でもきっと当たっていると思いますよ」
「だ、誰なんや!」
「あら、やっぱり瑠璃様は貴明様を好きな方が気になるんですか?」
「ちゃ、ちゃうもん。ただ、あんなやらしい手紙を書く奴なんて……」
「そんで誰なん? あの手紙書いたのは」

 もごもごと反論する瑠璃を無視して、聞きたいことをストレートに尋ねる珊瑚。
 イルファはそれを受けて楽しそうに微笑む。
 まるで子供の成長を見守る母親のように。

「そうですね。せっかくだからこれをクイズにしましょうか。
 ヒントを出しますのでお二人で考えてみてください」

 え〜、なんで教えてくれへんの〜〜、と不満を漏らし、それでも頭を捻って考えを巡らす二人。
 そんな二人の様子を眺めながら、メイドさんは楽しそうに笑うのだった。
 それはどんなときでもご主人様を楽しませようというメイドのサービス精神なのか。
 それとも最新技術が生み出したCPUの奥底に眠る茶目っ気なのか。
  
「では、第一ヒントです。 
 まずこの手紙を書いたのは貴明様のことがすごくすごく大好きな女の子です」
「そりゃそうやろ……」

 あの手紙を読めば、そんなことは誰にだってわかる。
 そう瑠璃は思った。
 そこまで貴明を好きな女の子はいったい誰なんだろうか。
 思い当たりはいくつかあるが特定することが出来ない。 
 なにしろ貴明の周りには女の子がたくさん居るのだ。
 今日だってこの部屋に女の子を二人も連れて来た。
 ほんとうになんて奴なんだ、と瑠璃はすごく不満に思う。
 この部屋には珊瑚だっているのに。……そして自分だっているのに。
 それを思うと胸がもやもやして考えが上手く纏まらないのだった。
    
「では第二ヒントです。
 その女の子はちょっと理由があって今は貴明様の前に姿を現すことが出来ません。
 でもすぐ帰ってきます。
 だから挨拶のつもりでこの手紙を残して言ったのだと思います」
「ほ〜〜?」
「まだ誰か分かりませんか?」
「ん〜〜分からん〜〜」
「では最後のヒントです。
 その女の子は、わたしも、そして珊瑚様も瑠璃様もよく知っている女の子です。
 とってもまっすぐで、そして純真で。
 なにも知らなかった彼女は初めての恋をして、だから恋について勉強したのす。
 きっと昔の少女漫画かなにかを読んだのでしょうね。
 そして、恋をした女の子はまずラブレターを送るものだと思ったのでしょう」
「あ〜〜! ウチ、分かった!」
「え? さんちゃんなんで分かったの? 誰なん?」
「それは……」
 

  

 とある場所にあるメイドロボの研究所。
 その一室にいま目覚めたばかりの一体のメイドロボがいた。

「よし、調子いい♪」

 動作を開始したばかりの自分のボディの調子を確かめながら、微笑む。
 胸も予定のサイズより大きくして貰った。
 彼は胸の大きな女の子が好きだと聞いたから。
 しばらく離れている間に自分のことを忘れてしまっていないだろうか。
 それが心配だった。
 あの人は手紙を読んでくれただろうか。
 男の子は女の子に手紙を”ラブレター”を貰うと、『どっきーん』となって、そして女の子と仲良くなって、喧嘩して、ライバルが出てきて。
 そしていろいろあって二人は結ばれるのだ。
 よくわからないがきっとそうなのだ。
 
「待っててね、ダーリン。わたしが今すぐ行ってあげるから!」 
 
 研究所を飛び出して彼女は全力で走る。
 まっすぐに、大好きな彼の元へ。

                    上に

   以上が『差出不明のラブレター』です。読んで下さった方が居ましたらありがとうございます
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