彼女と過ごす日曜日

 俺は机の上に雑誌やノートを広げて、授業中に考えていた計画を細かく検討していた。
 えっと、遊園地にこの間行ったばかりだから、テーマパーク系はなるべく避けたいな……
 駅前でウィンドウショッピング……というのは妥当な線だけど、当日が晴れているとは限らない。
 週末の天気予報を携帯でチェックしてみるが、降水確率は60%と出ていた。
 うーん……微妙なところだな。どうしようか……

「何を悩んでるんだ? 貴明」
「ん……ああ……雄二か」

 ……こう忙しい時に限って声を掛けてくるというのは、どういう間の悪さなんだろうか。
 正直ちょっと面倒ではあったけど、一応答えることにした。

「見ての通りだよ。今度の週末のデート、何処に出かけるか考えてた」
「はあ……お前も随分マメになったもんだなあ」
 
 雄二は妙に感心したような溜息をついている。
 こいつにこんなことを感心されるのも、なんだか妙な気分だ……
 以前なら、ナンパやらコンパやらの計画を立てては失敗している雄二を見て、
俺のほうがその甲斐性に感心させられていたんだけどな。
 俺が草壁さんと付き合うようになってから、まるで立場が逆になってしまった。
 雄二は今の俺をどんな気持ちで見ているのだろう。
 ……まあ、いいか。そんなことはどうでも。
 
「そんなの一人で調べてないで、優季ちゃんの意見を聞いて決めればいいんじゃないのか?」
「まあ、普通はそうなのかな……?」

 雄二の意見は、常識的にはもっともな考え方ではあるけれど……

「俺達の場合、それだと逆になかなか決まらないんだよ」

『貴明さんの、行きたい所に行きましょう』
 多くの場合彼女がそう言ってくれることは、既に経験から分かっていたことだ。
 草壁さんって、いつも遠慮深いというかなんというか……
 お互いに気を遣っては行き先がなかなか決まらないし、
デートは俺の方から行き先を指定して誘うことに決めている。
 だからこそ、草壁さんが退屈しないような場所に誘おうと、こうしていろいろと考えてしまうんだ。

 そういえば、草壁さんが自分から行きたい場所を指定したのは、
付き合いだしてから初めてのデートの時だけだったな。
 あの時、あそこに誘われたのは少し驚いたけど……
  
「で、結局どこにするつもりだ? この時期なら映画なんてどうだ? 週末は新作が上がってるぞ」
「そうだな……たまには映画も悪くないか」

 そうなると、今度はどんな映画にしたらいいかで頭を悩ませることになる。
 まあ、贅沢な悩みではあるけどね。これも。
 





 そして週末がやって来た。
 結局、その映画を選んだのは、
以前草壁さんが書いていた絵本となんとなく似ていたからだ。
 既に見た人の間では、結構評判がいいという話も聞いていたし。
 映画を楽しんだ俺と草壁さんは、近くにあったファーストフード店に入って、
さっき見た映画の内容について話していた。

「結構面白い映画でしたね」

 頼んだアイスコーヒーを飲みながら、草壁さんはくすくすと楽しげに笑っている。
 
「まあ、面白かったことは面白かったと思うけど……」

 俺たちが見た映画は、ある高貴なお姫様が二人の男性の間で揺れ動くラブロマンス……
仕立てのコメディ映画だった。
 ある事件がきっかけで、お姫様が二人の男性に出会うんだけど、
二人ともお姫様に恋してしまい、猛烈にアタックを始めてしまう。
 まあ、そこまでは普通のラブロマンスみたいだけど……
 あともう少しで恋愛関係が決まりそうになるたびに、ばかばかしい事件が起きたり、
しょうもない過去が明らかになったりして、関係が振り出しに戻ってしまう。
 その隙にもう一人の男性と急接近……そういう男女間のドタバタを面白おかしく描いた物語は、
まあそれなりに面白かった。

 でも、俺はもっと普通のラブロマンスだと思って草壁さんを誘ったんだけどな……
 あんなお馬鹿な映画だとは思わなかった。
 映画の後で、二人で少し雰囲気のいいカフェにでも行こうと考えていたのに、
その計画は変更することになってしまった。
 まあ、草壁さんが楽しんでくれたのならいいのかなぁ……? 

 そういえば……
 あの映画を見てて、草壁さんに聞いてみたいと思ったことがあったんだっけ。

「ねえ、草壁さん」
「はい?」
「あのお姫様……いったいどっちの男性を選ぶんだと思う?」

 知的で、野心家だけど、実はお馬鹿な騎士。
 誠実で、努力家だけど、本当はスケベな王子様。
 お姫様は、魅力的だけど問題ばかり起こす二人に、頭を抱えて困り果ててしまう……
 そんなところで映画は終わっている。
 
 草壁さんがどちらの男性を選ぶか、微妙に気になった。
 ……なんとなく、あのお姫様の立場に草壁さんを当てはめてみる。
 草壁さんって、どんなタイプの男の人に惹かれるんだろうな……

「あの二人のどちらが、お姫様の運命の人に相応しいと思う?」
「え? えっと……そうですね……」

 草壁さんは、少し考え込むように小首を傾げた。

「分からないです……運命って、外から見守るものじゃなくて、本人が感じるものだと思うから……」
「……そうなの?」
「ええ。だから、あのお姫様自身にはきっと分かっているんだと思います。自分の運命の人が誰なのか」

 そんな風に運命について自分の考えを語る草壁さんは、いつにもまして楽しそうだった。
 そういう話が本当に好きなんだな……
 
「ふむ……」

 運命は感じるもの、か。
 草壁さんにそう言われると、なんだかそれが正しいような気になってしまうから不思議だ。
 とはいえ、それがどんな風に感じるものなのかは、俺にはちょっと分からない。 

「草壁さんは感じるの? そういう……運命的なものを」
「ええ……貴明さんは、そういうの感じませんか?」
「ん〜〜〜そうだなあ……」

 もちろん草壁さんのことはすごく好きだけど……
 草壁さんと初めて出会った時、俺はどんなことを感じただろうか?


 夜の学校で初めて出会った時、『不思議な女の子だな』と思った。
 どこかで会っていたような気がして、少し懐かしくて……
 そして、その出会いが奇跡のような再会だったことに気が付いて、本当に驚かされた。
 その時、何かを感じたのは確かだけど……それって草壁さんの言う運命的なものなのかな?
 でも、それが草壁さんが感じたものと同じかどうかは、やっぱりちょっと分からない。

「……ん?」

 そこまで考え込んでいたところで、ふと、自分を見つめている強い視線を感じた。
 顔を上げると、草壁さんが胸に両手を当てて、
なにやら期待するような、或いは心配そうに見守るような……
 そんな感じで俺をじっとみつめていた。大きな瞳がきらきらと輝いている。 
 き、期待されてるのか? 俺が運命を感じたのかって?
 ど、どうしよう……??
 何か草壁さんの期待に応えるように言わないと……と思っても、
あまりに真剣な草壁さんの瞳の前では、うかつな言葉も使えない気がする。

「え、ええと……正直に言えば、ちょっと分からない……」
 
 草壁さんの思いの強さに気圧されるように、つい一番正直な言葉が口から出てしまった。
 言ってから、しまったな、と思ったがもう遅い。
 案の定、草壁さんは俺の言葉を聞いて随分がっかりしてしまったみたいだった。

「そ、そうですか……ちょっとだけ、残念です……」

 肩を落とし、草壁さんはもう一度『そうですか……』と呟いて、アイスコーヒーに砂糖を継ぎ足した。
 溜息をつきながら、グラスに砂糖を何杯も何杯も継ぎ足していく……

「ちょ、ちょっと、草壁さん、砂糖入れすぎじゃない??」
「え? そ、そうですか? ごめんなさい……」
「いや、別に謝ることはないんだけど……」
「そ、そうですね……」

 そう呟いた草壁さん、今度はコーヒーにミルクをどんどん注いでしまう。
 おいおい……大丈夫なの??
 継ぎ足された砂糖とミルクがグラスから溢れそうになっているのを見て俺は焦った。
 草壁さん、ちょっと残念……どころじゃないみたいなんだけど。
 どうやら、自分が何をしているのかわからなくなるほど落ち込んでいるらしい。

「えっと……まだ時間も早いし、これからどこか行きたいところって、あるかな?」

 機嫌を取るつもりで、あるいはさっきのことをごまかすつもりでそう尋ねてみる。
 それに、なるべく早くこの店から出るべきだと思っていた。
 あの砂糖山盛り、ミルクたっぷりの身体に悪そうなアイスコーヒーに、
草壁さんが口をつけてしまう前に。

「え? 行きたいところ……ですか?」
「ああ、もうどこにでも連れて行くからさ」
「えっと……じゃあ、ちょうど近くだし、あそこに寄っていきませんか?」
「え? あそこ?」
「そうです……あそこです。私にとって大切な思い出の場所……貴明さんなら、分かってくれますよね?」

 それはなんだか、意味ありげな言い回しだった。

「え、ええと……」

 俺は必死に考えを巡らせる。
 『分かってくれますよね?』と、彼女は念を押した。
 その言葉の意味することぐらい、鈍い俺にもなんとなく分かる気がした。
 ここで『あそこって、どこのこと?』なんて聞いたら、
草壁さんはもっと落ち込んでしまうかもしれない。
 いや、落ち込むどころか泣き出すかもしれない。それは非常にまずい。
 ここから近い場所で、草壁さんが行きたがる場所……??
 えっと……どこだっけ???
 ふと見ると、草壁さんがさっきと同じ……
 いや、それ以上に期待するような瞳で俺の言葉を待っている。
 こ、ここから近いのは……




「えっと……ここでいいんだよね?」
「ええ、そうです。大正解です」

 よかった……外れてたら、どうしようかと思ったよ……
 俺と草壁さんは、二人であの時通っていた小学校の前に立っていた。
 小学生だった俺たちは、この校舎で一緒に授業を受けて、
この校舎で一緒にアメオニをした。
 この場所が草壁さんのクイズの答え。
 そして、あの奇跡の再会の後で、草壁さんと恋人同士になってから、
彼女が最初に行こうと言ってくれた場所。

『やっぱり、この場所から始めたいんです』

 あの時、草壁さんはそう言って俺を誘ってくれんだっけ……

 日曜日で門はしっかり閉じられているのに、どこからか忍び込んだのだろうか、
 校庭には低学年の子供たち数人が元気いっぱいに走りまわる姿があった。
 まだ小学生になったばかりの女の子も混じっていて、
男の子と一緒に元気に駆け回っている。
 女の子はなかなかに足が速くて、
鬼役の男の子が頑張ってもなかなか追いつくことが出来ないようだった。

「あの子達、なんだか昔の俺と草壁さんみたいだね」
「ええ、私もそう思ってました」

 草壁さんは、俺の言葉に嬉しそうに頷いてくれた。
 長い黒髪も静かに揺れる。
 しばらくの間、俺と草壁さんは子供たちの追いかけっこを眺めていた。

「私、貴明さんとお別れになってから、ずっとこの学校の、この風景を……心の中に、何度も何度も思い描いていました……」

 不意に、草壁さんが口を開いた。

「そうなの?」
「ええ……すごく幸せだった、大切な時間として、何度も……」

 そう告げる草壁さんの言葉には、どこか夢見るような響きがあった。
 俺も校庭を走る子供達を見つめながら、
あの日々のことを思い出していた。
 
「でも時間はどんどん過ぎて……私は中学生になって、高校生になって……貴明さんが一緒に居たあの場所から、少しづつ遠ざかって行くんだと……そう感じていました」

 俺も思い出す。あの頃一緒に遊んでいた友達のこと。
一緒にドッジボールや縄跳びをして遊んだ仲間たち。
 でも、同じ中学に進まなかった奴は顔も名前もなかなか浮かんでこない。
 ドッジボールが一番強かったアキくんや、いつも真っ先に狙われていたしんちゃん。
 毎日のように一緒に遊んでいたのに、もう、五年近くも会ってない。
 あいつら、今はどうしているんだろう……?

 そんな風に、嫌でも時間は人と人との距離を作ってしまう。
 そして、途中で転校してしまった草壁さんとは、
卒業まで供に過ごした仲間より、もっと距離が遠かったことになる。

「でも、違ったんです。遠ざかって行くと思ったその先に……こんなすごい幸せが待ってるなんて……」

 それって本当にすごいことだと思うんです、と言って草壁さんは静かに微笑んだ。

「こんなすごい事……絶対に特別です。きっと普通には起こらない……私が夢見た未来よりも、もっと素敵な現実……本当の、奇跡です」







 ――いつの間にか、校庭を走り回っていた子供たちも姿を消していた。
 紅い夕暮れがだんだんと西の空を染めて行く時間。
 俺は草壁さんの手をしっかり握り締めて、帰り道を歩いていた。
 
「あの……あんなこと言うつもりなかったんですけど……なんだか、夢中で喋りすぎたっていうか……あれは心の中にしまっておこうと思ってたことで……」

 草壁さんはさっきからそんないいわけばかり必死に繰り返している。
 あれだけのことを言っておいて、いまさら何を言うんだか……
 夕日に照らされた草壁さんの顔は赤かった。握った手のひらも熱かった。
 きっと、さっきの言葉はそれだけ興奮して紡いだ言葉だったんだと、そう思う。
 
「あ、あの……ちょっとおおげさに言っただけですから、どうか忘れちゃってくださいね」

 ……まだ言ってるし。
 そりゃあ無理だよ、草壁さん。あんな言葉、忘れられるはずがない。
 きっと一生忘れない。

「草壁さんの言葉を聞いてさ、俺も感じたよ……運命」
「え?」
「俺も奇跡だと思う。こんなにも俺のこと思ってくれる女の子なんて、絶対いない。普通なら、そんなに素敵な女の子に絶対出会えない」
「た、貴明さん……」

 頬を染めて俯いてしまう草壁さんの手を引いて、俺は歩く。
 どこまでも、こうしてこの人に手を引いて歩いて行きたいと、そう思った。

「だから、覚悟してね、草壁さん」
「ええっっ?!! か、覚悟って、あの覚悟ですか……?」
「う、うん……嫌だった?」
「い、嫌っていうか……も、もしかしてこれから!!???  で、でもまだ心の準備が……」
「え? 何??」
「いえ、でも、あの……は、はい、私は大丈夫ですから……」
「…………はい?」

 いや、覚悟っていうのは、別に深い意味では無いんだけど……
 草壁さんのこと、ずっと離さないって意味だよ。

              上に

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