第一回妹選手権(アマチュア参加)


 その日は朝から全てが異常だった。
 俺は何故か朝七時に目が覚めた。

「変だな……なんでこんな時間に?」

 しかも眠気もまったく無い。

「仕方ない……学校でも行くか……」

 頭を捻りながら着替えて居間にやって来ると、いつもなら昼まで寝てるはずの父親が、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

「なんだ朋也? 今朝は随分ゆっくりだな」

 茫然としている俺を気にすることもなく、父親はふと時計に目をやると、

「お、もう会社に行かんとな。じゃ、行って来る」

 鞄を抱えて行ってしまった。
 な、なんだこりゃ? 今朝のあいつ、スーツ姿だったぞ? おまけに俺のこと名前で呼び捨てにして……
 あれじゃまるで普通の父親みたいだ。
 いったいどういうことなんだ?
 全てが狂った今日の一日が、こうして始まった。

「あっ、朋也君! おっはよー!」
「よう! 朋也。急がないと遅刻だぞ」
「お、岡崎先輩、おはようございます……」

 学校へと向かう俺に、すれ違う生徒がにこやかに朝の挨拶をぶつけて行く。
 そのほとんどが、昨日までろくに口をきいたことも無い奴ばかりだ。
 顔も名前も知らない奴もいた。
 もう、なにがなにやら……
 全てがおかしい。父親だけじゃなく、他の奴らまで……
 学校へ近づくに連れて、不安は増すばかりだ

 と、見慣れた金髪の後ろ頭が俺の目に飛び込んできた。
 俺は軽く挨拶した。

「よう、春原。今朝はいつもみたいに裸踊りはしないのか?」
「僕はそんなことしたことないよっ!」
「は、裸踊り……?!」

 近くに居合わせた大人しそうな女生徒が、驚いたように呟いた。

「いや、これは冗談で……僕はそんなこと……」
「わ、わたしに近づかないでください……」
「い、いや……だからね……」
「いや〜! おかあさ〜ん!」

 女生徒は悲鳴をあげながら逃げ出してしまった。

「……」
「……」
「なんてことしてくれるんだよっ! さっきの女の子、僕のこと犯罪者みたいな目で見てたよっ!」
「よかった……春原はいつもどおりだな」
「なに言ってるのかわかんないけど、君もいつもどおりだよね……」

 皆がおかしく見えたのも偶然だろう。
 俺はそう安心して校門まで辿り着いたが……

「なんだこれ……」

 やっぱり、世界は狂っていた。
 校門はまるで文化祭当日のようなディスプレイに飾られていた。
 そしてその看板には大きな文字でこう書かれていた。
 ”第一回妹選手権”



 なんだこれ……妹選手権?
 たち竦み、看板をただ見つめる俺に、春原が声をかける。

「ついに、今日は妹選手権の当日だな。お互い頑張ろうぜ」

 ああ……ついに春原の奴までわけのわからないことを……

「朋也さん、おはようございます」

 俺が頭を抱えていると、登校して来た宮沢有紀寧が声をかけてきた。

「今朝はなにやら顔色が悪そうですね……何かお困りですか?」
「そうだな……すまないが、この選手権とやらがなんなのか俺に説明してくれないか?」
「はあ……私が知っていることでよろしければ……」
「ああ、頼む」

 できればジョークだと言って欲しい。

「今回の”妹選手権”は一人前の妹になるために、日夜努力を続けている女の子たちの登竜門です」
「……つづけてくれ」
「参加者の中から、最も妹にふさわしい女の子として審査員に選ばれた娘は、本物の妹となることができます」
「……」
「審査員は参加者と一人づつ面談し、参加者はその中で自分の”妹”ぶりをアピールします」
「……」
「その審査員が朋也さん。そして、司会が春原さんです」 

 ああ……神は死んだ……

「私が知っているのは、これくらいですね。こんなこと、いまさら朋也さんに説明するのも恥かしいですが……」
「いや、助かったよ。ありがとう宮沢」
「いえ、それでは私は行きますね。朋也さん、春原さん。お仕事頑張ってくださいね」

 宮沢はぺこり、と頭を下げると、そのまま行ってしまった。

「さて……春原、後はよろしくたのむぞ」
「ちょっとまて! お前どこに行くつもりだよ」
「いや、俺は朋也のように見えても、実は本物の朋也ではないんだ。本物は後で来るから」
「なるほどね……って、だまされるか! 審査員はどうすんだよ!」
「そんなの適当なだれかに代わってくれ……」
「ばかやろう! 参加者たちは妹になるために今日まで頑張ってきたんだぞ!」

 春原はそう叫ぶと、とても春原とは思えない強引さで俺を会場へと引っ張っていった。



「ちくしょう……本当にやらないといけないのか……」
「あきらめなよ。もう決まったことだから」

 会場は既に準備が整っていたが、まだ人の気配はない。
 今ここにいるのは、俺と春原の二人だけだった。

「だいたい”妹になる”ってわけわかんねえよ。だれの妹になるっていうんだよ」
「岡崎が選ぶんだから、岡崎の妹になるに決まってるだろ」
「……やっぱ俺帰る! 絶対帰る!」
「なんだよ、照れることないじゃん」
「照れてねえよ!」
「いや、最初はだれだって”おにいちゃん”なんて呼ばれるの、気恥ずかしいと思うよ。僕もそうだったし」

 春原は勝手に納得しながらうんうんとうなずいていた。

「でも、できてみると、妹って可愛いもんだよ。実はつい先日、僕にも妹ができてさ……」

 春原はでれでれと鼻の下を伸ばしながら告白した。

「彼女は僕の妹になるって決まったとき、泣きながら喜んでくれたんだよね」
「それ、ほんとに喜んでたのかよ……」
「妹がいてくれるから、こんな僕でも少しは頑張ろうって思えるしさ」
「なるほど……春原みたいに未来に希望がなくても、妹がいるからどうにか死なずにいられるのか」
「うん、最低な僕でも……ってそこまで言ってねえよ! 
……とにかく彼女たちと話してみなよ。考えも変わると思うよ」

 悲しいかな、結局俺は審査員にされてしまうようだ。
 しかも、世界はまだまだ狂っていた。

「で、彼女が今回解説を務めてくださる風子さんです」
「……なんで、風子が解説なんだよ……」
「ヘンな人に否定されてしまいましたっ! 風子、傷つきましたっ!」
「失礼だぞ、岡崎。風子さんはプロの妹なんだぞ」 

 プロって……たしかに風子は公子さんという姉がいるから、本物の妹だけど……

 いや……もう、細かいことを気にするのはよそう。
 要はこういうことだ。
 俺はこの妹選手権の審査員。参加者のうち一人を選べば、その子が俺の妹になってくれる。
 しかも、プロが解説についてくれている。そういうことだ。
 状況はわかった。常識さえ無視すれば、理解はできる。と思う。

「では、一人目の参加者の入場です!」

 春原の呼び声とともに、一人目の参加者が姿を現した。

 そこに現れたのは、学園の生徒会長、坂上智代だった。

「智代……お前が参加者の一人なのか?」
「ああ、私の場合は生徒会として、この選手権の監査に来た、という意味もあるんだが」
「そうだよな、智代が妹になりたいって言うのも変だしな…」
「変、と言われるのも悲しいな……私もこれでも女の子だぞ」

 智代は少し傷ついたようだった。 

「いや、お前を悪く言ったつもりはないんだが……」

 困ったな……智代は実直だ。俺の言葉も真剣に受け止める。

「俺はみんなが妹になりたいって言うのがわからなくてさ」
「女の子のあこがれだからな……」

 智代は頬を染めてうつむいた。
 むう……智代にこんな乙女ちっくな表情をさせてしまうとは……
 妹、恐るべし。

「岡崎はこの選手権が気に入らないのか?」
「……家族なんて、今更どうしようっていうんだよ」

 あんなのは、もう父親だけで十分だ。

「それに、俺はだれと一緒でも、うまくやっていく自信がないよ」
「岡崎……」

 それが俺の本音だ。

「逃げられないから審査員だけは引き受けたけど……誰かを選ぶつもりはないよ」

 智代はしばらくの間、俺を悲しげな目で見つめていたが、やがて口を開いた。

「岡崎は知っているか? 私も一度は家族というものを見失ったんだ……」

 智代が伝説の女と呼ばれた頃のことだろう。
 その時の智代の家族については知らないが……きっと俺と似た部分はあるのだろう。

「でも、今では家族を大切に思っている。だから今の私があるんだ」
「智代はそんなふうに変われたんだな……それはすごいと思う。でも、俺には無理だよ」
「いや、私は変われたんじゃない、思い知らされたんだ。家族を失うことが、どれだけ恐ろしいかを……」
「智代……」
「岡崎、投げ出してしまうのはまだ早い。少なくとも参加者の女の子たちはお前を家族として求めているんだ。今は彼女たちの話を真剣に聞いてあげて欲しい」

 俺と家族になりたい、か……どうしてそんなことを望むのだろう。
 少しだけ興味がわいてきた。

「でも……妹になっても、うまくいくとは限らないよな……」
「ああ。きっといろいろなことがあるだろう。だが、なにがあっても私はお前の味方だと約束しよう。いろいろ相談に乗るし、きっと力になれることがあると思う」

 ……そこまで言われちゃ仕方ないな。

「わかった、とにかく話してみるよ」
「うん、それがいい」

 智代は嬉しそうに頷いた。

「あ、あとだな……もしお前が望んでくれるなら、私がお前の妹になりたいと思う……」
「ええっ?!」
「ああ、きっとお前となら家族になれると思う。妹としてはまだ未熟だが……お前が選んでくれるなら、
これからは私も頑張るつもりだ」
「そ、そうか……」
「そ、それではよろしくな……お、おにいちゃん」

 智代はそれだけ言うと、真っ赤になって出て行ってしまった。

「うわぁ……”おにいちゃん”か……」

 智代を妹にしたら、毎日そんなふうに呼ばれるのか……
 その状況を想像して、俺も智代と同じように赤面した。


「いやー、二人の家族としての絆が見られましたねー。これはなかなか好印象だと思います。
解説の風子さんはどう見ます?」
「でも、妹らしさに欠けるのです。風子の目はごまかせません」
「いやーさすがプロの目は厳しいですねー。では次の参加者どうぞっ!」

「で……なんでお前がここにいるんだ?」
「あたしも参加者だからにきまってるでしょ」
「……えっと……」
「”似合わない”とか言ったら、明日の日の目が拝めなくなるから、よろしく♪」
「い、いや……」

 今俺の目の前に立っているのは、暴走乙女・藤林杏その人だった。

「というか、お前は俺の妹になりたいのか?」
「そう聞かれると、複雑なものがあるのよね……」

 杏は、んーと首を捻りながら答える。

「なんていうかさ、もうすぐ卒業だからさ、そしたら、お別れだよね?」

 杏が一歩踏み出してきた。

「ああそうだな」
「そう思ったら、なんだか寂しくて……」

 卒業か……確かにそうなれば杏との接点はほとんど無い。

「もうじきお別れだって思ったら、今まであんたと過ごした時間とか、
 楽しかった思い出とか、急に大事な物のように思えてきて……」

 言いつつ、もう一歩。

「あたし、まだあんたと一緒に居たい。これでお別れなんていやだなって……」
 もう一歩、踏み出した。いつの間にか互いの息がかかるほど近づいていた。
「あ、あのね、あたし、あんたのこと、す、好き……なのかも……」
「な、なんだって?!」

 杏が、俺のことを……

「で、でも! まだ、あたしにもよくわかんないし……だからさ、一緒に暮らしてみない?」
「い、いきなりそんなこと言われても……俺が突然家族になって、おまえは平気なのか?」
「まあ、あんまり堅く考えないで。今までどおり、気楽につきあってくれればあたしは嬉しいから」

 気楽に……か。
 たしかに杏と一緒にいるのは楽しかったし、今までみたいに友達としてなら……
 そして、その延長上に”妹”っていうのがあるのなら、俺にも……

「本当に俺にもできるかな……」
「大丈夫、きっと楽しいわよ。妹らしくお世話してあげるわよ」

 お世話か……そういうのは嬉しいかもしれない。
 杏の作る料理は美味いからな……時々弁当の余り物を分けて貰ってた。
 でも、『俺に毎日メシを作ってくれ』なんて、まるでプロポーズの台詞みたいで恥かしいな……
 よし、遠まわしに聞いてみよう。

「なあ、妹になったら、お前に……アレ、頼んでもいいか?」
「アレ? アレってなによ。それだけじゃわかんないわよ」
「いや……言いづらいだろ、やっぱこういうの……」
「……?」
「つまり、男が女に頼みたいことだよ……わかるだろ?」
「おとこ……おんな……ってまさかあんたっ!」

 杏の顔が一瞬で朱に染まった。

「そ、そんなこと、いきなり頼まれても……」
「いやか?」
「い、いやっていうか……あたしたち兄妹だし……」
「別に兄妹でも、仲が良ければそういうこともあるだろ?」
「た、確かにそんな話もときどき聞くけど……」

 杏は随分とまどっているようだ。
 やはり食事を世話してもらうなんて、厚かましいお願いなんだろうか?

「やっぱり、いやなのか? 俺なんかにそんなこと出来ないよな……」
「い、いやってわけじゃないよ! で、でもそんなこと……恥かしいし……」

 杏は涙目で否定する。

「や、やっぱり、今はだめ……欲望だけで求められても……こういうのって、お互いの気持ちが大事だし……」

 ……なにか話が噛み合わない気もするが、たぶん杏も緊張しているのだろう。

「いや、前からずっとおまえにお願いしたいと思っていたんだ」

 俺は杏の手を取った。

「こんなこと頼めるのは、おまえだけだ」

 もう何年も誰かの手料理なんて食べてない。
 ごくたまに杏が分けてくれた弁当以外は。

「あ、あたしだけ……?」
「ああ、おまえだけだ」
「そ、そこまで言うなら…… あ、あたしも朋也のためなら……」
「できることなら、毎日。朝、昼、晩とお願いしたい」
「そっ、そんなにっ!?」
「ああ、一緒に暮らしてるんだからできるだろ?」
「で、できると思うけど……でも、いやらしすぎるよぉ……」
「そうだな……ちょっと卑しいかもな。でも俺だって若い男だし、それくらいは……」
「お……」
「どうした? 杏」
「お、お、お……」
「お?」
「お、おにいちゃんのエッチ〜〜〜!!!」

 ぱあん!と素晴らしくいい音で俺の頬に杏のビンタが決まった。

「……どう思います? 解説の風子さん」
「伝統芸でしたね。さすがに破壊力はあるのです」



「それでは最後の参加者の入場です!」

 や、やっと最後か……
 こんなのがもし十二人もいたら絶対身が持たないな……
 心の中でそう愚痴っていた、その時。

「朋也くん……」

 懐かしい声に名を呼ばれて、俺は背後を振り向いた。
 小柄な少女がそこに立っていた。

「古河……渚……」
 
 渚に会うのは三ヶ月ぶりだった。
『辛いなら……わたしの家に来ますか?』
 父親との冷え切った関係を渚に見られたあの日。
 渚は古河家に住むことを勧めたが、俺はその優しさを拒絶した。
『他人にそこまで甘えられないだろ?』  
 あの日別れて以来、渚は学校に姿を見せていなかった。

「お久しぶりです、朋也くん……」
「渚、この三ヶ月どうしてたんだ? 心配したんだぞ」

 しかし、渚は俺の問いかけには答えなかった。

「朋也くん……わたしの家に来て下さい、一緒に暮らしましょう」
「……その話は、もう断ったはずだ」
「お父さんも、お母さんも、歓迎してくれています。きっと楽しいです」
「だめだよ……言っただろ? 他人にそこまで迷惑はかけられないって」
「いいえ! 違います!」

 渚が叫んだ。

「もう、他人じゃないです……わたしは、朋也くんの妹です」
「!! お、お前……そのために参加したのか……」

 たったそれだけ。
 俺と他人ではないと言い張るそのためだけに……

「岡崎、渚ちゃんはたった三ヶ月で妹選手権の予選を全て突破したんだ」
「それはすごいことなのです。プロもびっくりです」

 司会と解説から説明が入る。

「渚……お前、俺のためなんかに何故そこまで……」

 渚は、にっこりと笑って答えた。

「朋也くんが……わたしの大切な人だからです」

 ああ……あんなにも儚げだった渚が。
 一人で坂を登ることにも躊躇していた渚が。
 俺のためだけにここまで……

「渚っ!」

 俺は渚に駆け寄って、抱きしめた。

「渚……一人でよく頑張ったな……」
「一人じゃないです。朋也くんが待っていてくれると信じてたから……」
「……そうか」
「朋也くんも、今日からは一人じゃありません。朋也くんは……わたしのおにいちゃんです……」
「ああ……そうだな、渚……」

 俺が渚に頷きかけたその時。

「ちょっと待った〜〜!!」

 杏の静止の声が割り込んできた。

「あんた、あたしにあんな恥かしい約束させといて何言ってるのよ!!」
「いや、これはだな……」

「で、岡崎。誰を妹に選ぶんだ?」

 見渡すと、渚、杏、智代の三人がじっと俺のことを見つめていた。
 智代は信頼に満ちた瞳で。杏は怒りに満ちた瞳で。渚は涙に満ちた瞳で。
 だ、だれを選ぶ、と言われても……どうすりゃいいんだ?

「大丈夫だ、朋也。自分の信じた選択をしろ」
「あ、あたしなら朝、昼、晩でも大丈夫だから……」
「おにいちゃん、わたしと一緒に暮らしましょう」

 だれを選んでもこの場はおさまりそうにない。
 あ、悪夢だ……

「ちょっと朋也! はっきりしなさいよ!」
「ぐはっ!く、首を締めるな、杏。い、息が……」 

 怒鳴り声やら、泣き声やらが交じり合う喧騒を聞きながら、俺の意識は薄れていった……

「うわああっ!」

 目を覚ますと、そこはいつもどおりの自分の部屋だった。

「ゆ、夢だったのか……」

 正に悪夢だった……
 時計を見ると七時だった。早いけど、もう出るか。
 着替えて部屋を出ると、居間にはいつもと同じ父親が眠っていた。
 床には酒瓶が何本も転がり、父親はだらしなく手足をなげだしていびきをかいていた。
 いつもと同じ父親。
 スーツなんて着てない。会社なんか行かない。俺を”朋也”と呼ぶこともない……
 いつもどおりの、陰気な朝。

「……」

 あれが不幸な夢だとしたら、これが幸せな現実なんだろうか……?
 もし、いま隣に妹がいてくれたら、こんな暗い気持ちも晴れるだろうか?
 そんな想像をしたところで、俺は不意に気が付いた。

「くだらないな……あれは、しょせんは夢なんだ……」

 さて、学校でも行くか……



 いつもどおりの朝だった。
 異常なことなど何も無い朝。
 俺は行き交う生徒達の誰とも目を合わせることなく、ひとりで黙々と歩いていた。

「おはよう、岡崎。なんか元気ないな」
「別に……っていうか、今朝はやけに早いな、春原」
「今日は大事な日だからね」

 大事な日? ひょっとして……

「なあ、今日は妹選手権……なんてことは無いよな?」
「は? 妹選手権? 何言ってるんだよ、そんなことやるわけないだろ」

 春原は心底驚いた様子で俺に答えた。

「そうだよな……いや、なんでもない、忘れてくれ」

 ああ、やはりあれはただの夢だったらしい。
 そうだよな、そんなことあるはずがない。あるはずが……

「妹なんて古すぎる! 今の時代はやっぱりお姉ちゃんだろ!」
「はあ?」

 春原の言葉の意味がわからない。
 いやな予感がしてきた……
 そしてその予感どおり、校門に取り付けられた看板にはこう書かれてあった。
 ”第一回お姉ちゃん選手権”

 会場にはすでに参加者たちが待っていた。

「今日からは、ことみちゃん……じゃなくて、お姉ちゃん。一家に一台、便利なお姉ちゃん、になります」
「あの……トランプ占いでも、私がお姉ちゃんになれば、絶対幸せだって出てますから……」

 ……とりあえず、
 俺はこれが夢であるかどうかを確かめるために、春原を殴った。
 全力で。

 

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